クライアントの行動変容をもたらすコーチング・コンピテンシーとは 【原文】Coaching competencies: What works?
ボヤツィスらによる調査
ボヤツィスらは次に、コーチの感情知性・社会的知性がクライアントの行動変容に及ぼす影響について、ある医科大学の2か所のキャンパスの医学生を対象に検証した。この大学では、ストレスや燃え尽き症候群に対する耐性や患者のニーズに対する共感力を高めるため、医学生の感情的・社会的認識を育てる新しいカリキュラムを導入しており、各医学生に4年間、2人のコーチ(基本的には医師)が付くことになっていた。 調査では、コーチの感情知性・社会的知性を360度ピアレビューによって評価した。ボヤツィスらは、同僚による「行動評価」は自己評価よりもはるかに正確かつ高い信頼性でコンピテンシーや行動を測定できるとしている。 医学生の感情知性・社会的知性についても、感情的・社会的コンピテンス・インベントリー(Emotional and Social Competence Inventory:ESCI)を用い、360度方式で評価し、カリキュラム1年目の初期の評価をベースラインとして1回、2年後にもう1回評価した。クライアントの行動変容は、ベースラインと2年後の評価のESCIスコアの差とした。自己評価ではなく他者(ピア)評価だけを用いた。 要約すると、研究者らはコーチと学生の240組をサンプルとして、コーチの感情知性または社会的知性の各要素がクライアントの行動変容にどの程度影響するかを評価した。また、コーチと学生の135組のサブセットで、コーチの知力(好奇心、体系的思考、パターン認識など)から行動変容が予測できるかどうかも評価した。
調査結果
行動変容に結びつかなかったコンピテンシー 1.まず、コーチの一般的な知力からはクライアントの行動変容が予測できないことが分かった。 2.意外にも、感情知性のもうひとつのカテゴリーであるコーチの自己認識もクライアントの変化には関係していなかった。おそらく自己認識はより内面的なプロセスであって、コーチングという状況ではクライアントはそれを観察できないためだろう。 3.興味深いことに、インスピレーショナル・リーダーシップのような関係性管理の要素は、幹部医師を対象にした過去の調査では予測的価値を示したが、今回はそれが認められなかった。これはおそらく、まだ医学教育の途上にある医学生と経験を積んだ幹部医師とではニーズが異なるためと考えられる。 行動変容に結びついたコンピテンシー 1.感情知性のコンピテンシーのうち、クライアントの行動変容に最も効果的だったのは自己管理に関わるものだった。 2.コーチの達成志向(計画を立て、目標を設定し、優先順位をつける能力)による効果が圧倒的に大きかった。医学部という環境では競合する多くの要求に優先順位をつける必要があり、そのためにこのコンピテンシーがとりわけ効果的だったと思われる。 3.自己管理に関係する他のコンピテンシーとしては、影響は比較的小さいものの、適応力(例:必要に応じてコーチングの戦術を変える能力)と感情の自制(例:コーチング中は自分の感情的ニーズではなくクライアントのニーズに集中する能力)があげられる。 4.社会的知性のコンピテンシーのうち、社会認識に関係するもの(すなわち共感と組織認識)は、いずれも変化を予測させるものだった。 5.関係性管理に関連するコンピテンシーのひとつである影響力は変化に結びついていた。 6.コンフリクト管理も、コーチの知力評価を行ったサブセットの調査においてクライアントの行動変容に関係することが分かった。 7.また、コーチとメンター、影響力、チームワークなどの関係性管理のコンピテンシーについても、クライアントの行動に有意に近い差異が認められた。 コーチの達成志向(achievement orientation:AO)が強力な影響を及ぼすことについて、著者らは次のように述べている。 「コーチが自分の達成志向を発揮すると......クライアントはまさに、限られた時間とリソースの中で目指す結果を得るために最も効果的かつ効率的なルートを決めることができるようになる。コーチが自ら達成志向を用いることでクライアントに目的を思い出させ、仕事を片付けることだけではないことを分からせる。こうしてクライアントは、努力を惜しまず、さらに良い結果を出したいと思うようになる」 全体としては、コーチが感情知性と社会的知性を体現すると、クライアントに行動変容が認められた。クライアントは、コーチング・セッションの中でコーチが実際に望ましい行動を実践しているのを見ると、その後同じような行動をとる傾向がある。 ボヤツィスらの調査は医学生を対象に行われたものであり、そのまま一般化して他のクライアント集団に適用できないかもしれないが、コーチのコンピテンシーがあってエビデンスとしてクライアントの行動変容が発現することを示した最初のものである。 コーチング・コンピテンシーのエビデンス基盤を構築していけば、コーチのトレーニングや資格認定取得などの活動にとって有益な情報が得られ、時間とリソースの節約につながる。このアプローチをコーチング全体に関連づけるためには、より多くのコーチ、他のクライアント集団、他の人種や民族を対象とした調査が必要になるだろう。また、様々な種類のコーチングにおいてその有用性を検討する必要もある。