パリコレでファッションの未来を実験し続ける「ユイマ ナカザト」 ドキュメンタリー映画が公開
0以下の価値の服から美しさを生み出せるか
WWD:オートクチュールという美の世界の中で、古着を素材に用いることは大きな挑戦だったのでは?
中里:非常に安価に生産された作りをしているものが不要になりケニアにたどり着く。その時点で価値はもう0以下の服をさまざまに加工して、最も高価な服を発表する場で人々に心から美しいと思ってもらえるかは、私にとっては実験だった。目の前に落ちていたら何も感情が沸かないかもしれないものに対して、デザイナーが手を加えて料理することで美しさを生み出せたら、それは技術や素材の進化以上に大きな変革になる。人々の感情を動かすことはデザイナーの役割としてとても重要で、感情が動けば技術も後から付いてくるはずだ。
WWD:2023年春夏コレクションと23-24年秋冬シーズンと2シーズンかけてケニアを題材にしたコレクションを発表した。発表後は人々の感情を動かせた手応えはあった?
中里:1番最初に発表した時には、フランスの「ル・モンド」紙がかなり大きく取り上げくれた。これまでオートクチュールを10回以上発表してきた中で、あれほど大きく掲載してくれたことはなかったし、想像以上の反響だった。
WWD:コレクションではエプソンの「ドライファイバーテクノロジー」を用いて、ケニアの古着を材料にした不織布を使用したが、製作上の課題は?
中里:不織布は正直そのままでは埃の塊のように見えてしまう。これをどうしたら美しいものにできるかは本当に大きな挑戦だった。今回のコレクションでは、不織布の上でプリント加工して深みのある色を出したり、しっとりした質感にして高級感を出したりといった試行錯誤を繰り返した。しかし、実際にはまだ耐久性に課題があり販売はできていない。今もエプソンとは継続して協業し、少しずつ改良を重ねている。
WWD:古着を服に戻す必要はないのではないかという意見もある。
中里:私は服に戻すかどうかよりも、価値を向上できるか否かの方が重要だと思っている。もう一度価値を感じられるところまで高められるかどうかに、ファッションの未来、希望がかかっている。感情を動かすためにはストーリーが重要。もちろん、わざわざケニアから古着を移動させるのにかかる環境負荷はどうなんだ、という意見があるかもしれないが、ケニアからパリに持っていくその過程、ストーリーに情緒的なものを感じてもらうヒントがあると思っている。