『ビバリーヒルズ・コップ2』エディ・マーフィのアドリブ演技を巧みに活写したトニー・スコットの監督術
あふれ出すトニー・スコットの旨味と持ち味
筆者は常々、スコットの初期3作、『ハンガー』(83)、『トップガン』、『ビバリーヒルズ・コップ2』(87)には、彼の持ち味が名刺がわりにギュッと凝縮されていると思っている。 すなわち、芸術性の高い怪奇スリラー(ハンガー)を手掛けたかと思えば、乗り物をフィーチャーした新感覚のアクションドラマ(トップガン)を圧倒的な熱量とバイタリティで描き切り、その上、大ヒットシリーズの第二作目(本作)という、微妙なバランス感覚と気遣いが必要となる作品をソツなく仕上げる、いわゆる職人的な器用さとフットワークの軽さも持ち合わせている、というわけだ。 また、生涯を通じて印象的な「地上アクション」をいくつも世に遺したトニー・スコットにとって、本作はそのまさに最初の作品にあたる。 序盤の宝石店での強奪シーンの緊迫感や、いくつもの車を巻き込みながら激走していく息の長いカーチェイス、ラストの荒唐無稽かつ火薬量多めの銃撃戦に至るまで、後年に繋がるトニー流アクションの起源というべきものがここには詰まっている。 それらのビジュアルスタイルがバッチリ決まっているのは、本作でもきちんと絵コンテを作成していたからで、彼はどんなに前日の撮影が夜遅くまでかかろうとも、わずかの睡眠を得ただけで早々に起き出し、その日の撮影分の絵コンテを仕上げてから撮影に臨んでいたという。
エディ・マーフィという素材の鮮度を損なわない
2012年に亡くなったトニー・スコットが、キャリアの後年、常に複数のカメラを同時に回しながら撮影を進めていったのはよく知られる話だ。こうすることで無駄にテイクを重ねずともスピーディーに撮影を進めることができ、制作費の抑制にも繋がる。 この手法をどうやって体得したのか個人的にも非常に気になっていたのだが、『ビバリーヒルズ・コップ2』のDVDに収録されているインタビュー映像によると、この映画の時点ですでにスコットが「2つのカメラを同時に回す」ということを実践していたというから驚きだ。その背景にあったのはエディ・マーフィの演技だったという。 脅威のアドリブ力ゆえに何が飛び出すかわからない(そこが爆発的に面白い)マーフィの場合、一瞬一瞬がまさに生き物であり、テイクごとに同じ演技を何度も再現することなど不可能だ。だからこそ二つのカメラを使ってその瞬間を活写することが大きな意味を持つ。ある時は”引き”と”寄り”を同時に撮り、また会話シーンでは演者それぞれにカメラを向けて両者の表情を同時に撮ったり。こうすることで演技の鮮度を損なうことなく、現場で起こる化学反応も逃さず、必要な映像を一気に撮り切ることが可能となるわけだ。