「フェイクニュースの悪質さは、意図の見えなさ」酒井善三監督が『フィクショナル』で荒唐無稽の先に見せた“現実”
フェイクニュースと恋愛は縁遠くないのかも
――「フェイクニュース」というシビアな問題と、相反するような「ラブストーリー」がひとつになっているところが本作をより個性的なものにしていますよね。 酒井 恋愛感情って、叶ってしまったら一気に冷静になってしまうことってあるじゃないですか。一方通行だからこそ人を狂わせてしまう熱量が生まれ得るというか。そういう部分が、フェイクニュースに自分の見たいものだけを見出して暴走している人たちに通ずるのかもしれないですね。 大森 意外とその2つは縁遠くないのかもしれません。感情に作用し、淡くてどうにも読みきれないという点では両者は共通していますし、人を盲目にさせる危険な熱量をはらんでいるという点でも近しい。恋愛も陰謀論も、自分が見えない部分を想像して、妄想を広げてしまう。でもそれはそのひとの中でのみ論理的だとすら思ってしまいますよね。 個人的にはそんな似た要素が同じようには進んでいかないのがおもしろかったです。フェイクニュースはどんどん過激化して主人公の神保を壊していくのに、そのきっかけを作った彼の淡い恋心は最初から変わらない。こういう対比をさらりとやれるところが酒井監督らしさですよね。 ――こうした作品に込めた繊細なバランスを、主演の清水尚弥さんにどう伝えたのかが気になります。 酒井 清水さんは脚本からキャラクター像を考えてくださっていたので、僕から何かを要望することはほぼありませんでした。彼から聞かれたのは「神保は自分の性的指向を明確に自覚していますか?」という質問くらい。僕は「いえ、明確には自身の性的指向を自覚しておらず、僕にもわかりません。ただただ、及川に惹かれているのだと思います」とお伝えしました。 ――及川を演じた木村文さんも同様でしたか。 酒井 木村さんはとても前のめりに色々プランニングしてくださる方で、キャラクターの内面をよく考えて現場に臨んでくださいました。いくつか心情表現を抑えてもらう場面はありましたが、それは彼の作り上げたキャラクター像が違ったのではなく、むしろあまりに的確で、神保から見たときの及川の曖昧さを残しておきたいと思ってのことでした。2人とも本当に素晴らしい俳優です。 ――酒井監督は脚本も手掛けているので、そうした部分はむしろコントロールしたいのかと思っていました。 酒井 意外とそうでもないですよ。僕は脚本を書いているときのイメージをそのまま撮ることはほとんどできないです。脚本のイメージ通りにやるのはなんか気恥ずかしさすらありますね。出来上がる作品にはそうした自分の独りよがりの考えとは違うものを取り入れたい。だから周りが色々なアイデアを持ってきてくれるのは大歓迎です。 ――最後に、大森さん&酒井監督のコンビでまた新作を撮ってくれると期待して良いでしょうか。 大森 今の時点ではなんとも言えないのですが、酒井監督とはたとえプラットフォームが違ったとしても何かやりたいとは思っています。そして、監督の持ち味が一番発揮できる場というところでいうと、それは映画になってくるのかなぁ。 酒井 見る人によってはどのジャンルにも当てはまるような、ボーダーレスな作品は今後も作っていけたらと思っているので、ぜひお仕事ご一緒したいですね。
むくろ幽介