<ロシア>ネムツォフ氏殺害事件 プーチン政権の関与は? 国際政治学者・六辻彰二
少なくない反体制派の殺害事件
プーチン政権に疑惑の眼が向けられることは、これまでを振り返ると、さほど不思議ではありません。ロシアでは、そこにプーチン大統領が関わっているかは不明ですが、これまでにも政府に批判的な人物が殺害された事件は少なくありません。 チェチェン内戦でのロシア軍による人権侵害を調査していたジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏は、2006年に自宅で何者かに銃殺されました。また、2002年のチェチェン過激派によるモスクワ劇場占拠事件がFSBによる「自作自演」であった可能性を指摘していた元FSB職員アレクサンドル・リトビネンコ氏は、やはり2006年に亡命先のロンドンで、放射性物質ポロニウム210によって中毒死しました。 国際NGOジャーナリスト保護委員会によると、ロシアでは2000年1月から2014年12月までの間に39人のジャーナリストが殺害されています。また、それらの犯人はほとんど検挙されておらず、検挙されても当局から詳しい説明はほとんどありません。 今回の事件でも、ロシア当局は当初「現場付近の監視カメラの電源が落ちていたので映像はない」と述べていましたが、監視カメラを管轄するモスクワ市が「クレムリン付近の監視カメラが中断されることはない」と反論。その後、映像データが市当局からFSBに引き渡されるなど、不透明な印象はぬぐえません。
事件がロシアにもたらすもの
今回、FSBが拘束したアンゾル・グバシェフ、ザウル・ダダエフの両容疑者は、いずれもイスラム過激派の活動が活発なロシア南部の北カフカスの出身。捜査当局からは「黒幕が海外にいる可能性がある」という情報も漏れています。これに対して、ネムツォフ氏に近かった野党幹部イリヤ・ヤシン氏が、ロイター通信のインタビューに対して「真犯人であるかどうかに関係なく、スケープゴートの逮捕で終わるなら、政治的暗殺は続く」と述べるなど、反プーチン派からの批判が止むことはありません。 野党だけでなく、今回のネムツォフ氏殺害は、少なくとも結果的に、反プーチン政権の国内世論を喚起しました。3月1日、モスクワでネムツォフ氏を追悼する数万人の行進が行われましたが、政治活動が制約されやすいロシアでは、異例の規模でした。 ただし、国内での知名度が高く、欧米諸国の政界とも繋がりをもつネムツォフ氏を失ったことで、もともと強くなかった野党勢力の求心力がさらに低下することは避けられない見通しです。弁護士でブロガーのアレクセイ・ナワルニー氏は、ネムツォフ氏と並ぶ知名度と影響力をもつ野党指導者として知られますが、1日の行進に関して不法な活動を行った嫌疑で拘留されていたため、これに参加できませんでした。事件の真相にかかわらず、プーチン政権が国内から揺らぐことは、当面は考えにくいといえるでしょう。