炭火で香ばしく…じっくり1枚1枚、手焼きの「亀の子煎餅」 本当の豊かさは…老舗の味
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】90年守り続ける老舗の味 手焼きの「亀の子煎餅」
黒ごまたっぷり、炭火の上で約半日
古い寺院や蔵などが残る岩手県奥州市の江刺地区。 甘く香ばしいにおいにつられて老舗「八重吉煎餅(せんべい)店」の暖簾(のれん)をくぐると、2代目の八重樫理悦さん(74)と妻英子さん(73)が仲良く炉端の前に腰を下ろし、煎餅を一枚一枚、炭火で焼いている。 銘菓「亀の子煎餅」。 炭火で真っ黒く変色した焼き型に小麦粉と砂糖と水で作った生地を流し込み、弱火でじっくりと焼き上げる。 生地がまだ軟らかいうちに亀の甲羅のような形につまみ、ゆっくりと固まるのを待つ。 砂糖で味付けした良質な黒ごまをたっぷりとつけて、炭火の上で約半日。焼き始めから1日半で店頭に並べる。
戦前の子どももほおばった香ばしさ
煎餅店を始めたのは1934年、理悦さんの父・吉次さんだった。 おやつなどなかった時代、店の前には子どもたちが群がり、焼き型からはみ出した煎餅のかけらが子どもたちのごちそうだったという。 「我々はね、時代の波に乗れなかったのね」と理悦さんがおどけならが言う。 「いまは食べ物のほとんどが大量生産になり、いつでも簡単に手に入るでしょ。でも、それで本当に良いのかな、それが豊かさなのかなって、そんなことを考えながら日々煎餅を焼いています」 店頭に現れた、宮城県から帰省中だという女性客は、レジで六袋も買い求めていった。 「これがないと、帰省した感じがしないんです」 手焼きされたせんべいをほおばると、炭のにおいが鼻孔を刺激し、ごまの風味と懐かしさが、口いっぱいに広がっていく。 (2022年8月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>