「強制捜査を延期できないか」ー平成事件史:戦後最大の総会屋事件(5) “ガサ”めぐって起きていた水面下のトラブル
捜索容疑は「野村証券が、株主総会を円滑に進めるため、総会屋の小池隆一に協力を依頼した見返りに、株取引の損失を補てんした」という商法違反(利益供与)と証券取引法違反(損失補てん)だった。 東京地検特捜部と「SEC」は、特別調査官や検事、検察事務官ら約180人を動員して、日本橋にある野村証券本社の他、酒巻元社長の広尾の自宅や小池の事務所など数十カ所を家宅捜索、段ボール箱900個に及ぶ資料を押収した。 ■「強制捜査を延期できないか」 野村証券へのガサ入れ(強制捜査)が年度末の1997年3月25日に決まったのはどうしてだろうか。意外な理由があった。 「法務・検察は4月に定期異動があり、マスコミも『まさか3月下旬にガサをするとは思わないだろう』というのが一つの理由だったと思う」(粂原研二 32期 現弁護士) 実はこのとき、野村証券への強制捜査、ガサ入れをめぐって、事前に「検察」と「SEC」の間で、一悶着あったことが、当時の関係者への取材で新たにわかった。 特捜部が着手のスタンバイに入っていた当日の朝、特捜部と合同で捜索を行うことになっていた「SEC」のある幹部から検察幹部に対して、突然の「申し入れ」があったという。 「こんな決算期末の時期に、業界トップの野村証券の強制捜査に乗り出したら、株価が下がるだろう。株価が下がると、保有株式の損失が増えて、各企業の決算に悪影響がでてしまうじゃないか。強制捜査着手を延期できないのか」 当日、石川検事正からの電話で「SEC幹部の陳情」を知った特捜部長の熊﨑は激怒した。 「強制捜査は、ビンパクさん(SEC水原敏博委員長)にも事前に了承をもらっている。事件を潰す気なのか!」 強制捜査着手が延期になれば、当然、野村証券側が捜査の動きに気づき、証拠隠滅をする恐れもある。特捜部は、現場の意向を無視した「捜査妨害」だと受け止めた。実は当日、「SEC」でもこんなことが起きていた。当時、特捜部から「SEC」に出向していた粂原は振り返る。