アニマル・コレクティヴの衝撃 「人生を変えた」二大傑作とあまりにも濃密な5年間
『Merriweather Post Pavilion』ポップと実験の両立
そんな彼らがもっとも商業的に成功したのが、ビルボードで初登場13位を記録した2009年のアルバム『Merriweather Post Pavilion』だ。この間にも来日公演を2度実現させているが、ライブでは基本的に一度リリースされた曲は演奏しないスタイルを貫いていた彼らは、2006年の渋谷O-West公演ではリリース前だった『Strawberry Jam』からの新曲を中心としたパフォーマンスを披露。ゆらゆら帝国を対バンに迎えた2008年のリキッドルーム公演でも「My Girls」や「Brother Sport」といった『Merriweather Post Pavilion』収録曲が既に披露されており、ライブを目撃した観客の間では、来るべきアルバムがとんでもない作品になるという確信は、リリース前から揺るぎないものになっていた。ギタリストであるディーキンが個人的な理由でアルバム制作に参加できなかった影響からか、エレクトロニクスとサンプルに比重を置いた一連の新曲は、のちにパンダ・ベアがダフト・パンクやジェイミーXXといったダンス系アクトに次々とゲスト・ボーカリストとして参加することを予見するような、フロアライクなサウンドへと変化していたのである。 しかしながら実際にリリースされ、立命館大学の北岡明佳教授による錯視を利用した“動くアートワーク”も話題となったアルバムは、こちらの期待を遥かに上回るものだった。まるで海の底にいるような深いリバーブと、ロー・エンドを強調したドープでサイケデリックなサウンド。これはメンバーがデンジャー・マウスとシーロー・グリーンによるヒップ・ホップ・デュオ、ナールズ・バークレイの作品を聴いて依頼したというエンジニアのベン・H・アレンの手腕に依るところが大きく、アレンはその後ディアハンターやウォッシュト・アウト、ネオン・インディアン、ユース・ラグーンといったアーティストの作品に立て続けに起用され、そのサウンドが10年代のインディー・ロックを特徴づけていくことになる。そんな本作のもうひとつのサプライズが、アルバム収録曲中、唯一ライブで事前に演奏されていなかった「Bluish」だ。エイヴィによる耽美的でロマンティックな歌詞が印象的なこのラブソングは、2013年に初めてライブで披露されると、2020年に日本公開されたトレイ・エドワード・シュルツ監督の映画『WAVES/ウェイブス』でも印象的に使われ、今でもファンの間で人気の高い曲になっている。 ノイズやアバンギャルド・ミュージックにルーツを持つ彼らにとって、“ポップ・ミュージック”を作るということ自体が最大の実験であり、そんな彼らの実験精神と大衆のニーズが一致したという意味では、『Merriweather Post Pavilion』をアニマル・コレクティヴの最高傑作とする大方の意見にも頷ける。しかしながら決して同じことを繰り返さない彼らは、その3年後にファンを振り落とすかのように混沌とした問題作『Centipede Hz』をリリースし、現在に至るまで、常に予測不能な活動を続けてきた。それゆえアルバムによって評価の浮き沈みこそあれど、大衆に迎合しないその姿勢と、妥協を許さない作品のクオリティは、常に一貫してきたと言えるだろう。 それでも2004年から2009年までの5年間が、彼らのキャリアの中で最も濃密で充実した期間だったことは、リアルタイムで経験してきた自分からしても間違いなく言える。その始まりと終わりを飾る作品が『Sung Tongs』と『Merriweather Post Pavilion』であり、それを初めて聴いた時の興奮こそが、今でも新しい音楽に夢中になって、聴き続ける動機になっている。 --- 『Sung Tongs』 2024年11月15日発売 国内盤CDボーナストラック:ライブ音源3曲 『Merriweather Post Pavilion』 2024年11月15日発売 国内盤CDボーナストラック:初CD化音源「From a Beach (BBC Session)」
Yuya Shimizu