簡単に白黒をつける社会に違和感、代理母がテーマの『燕は戻ってこない』プロデューサーが描く簡単には断罪できない人間の愚かさと欲望
簡単に白黒をつける風潮に違和感
板垣:社会でも生殖医療の保険適用範囲が広がるという国の動きもあったり、東京都が卵子凍結に助成金を出すと発表して応募者が殺到したり、まさに生殖医療に対して社会的関心が非常に高まる時期だったということもあり、このタイミングでやりたいなと思いました。 あとは、ここ数年、あの人は悪い人でこの人はいい人とか、あの国は悪い国でこの国はいい国とか、そういったことをみんなが簡単に決めて批判したりする風潮がすごくあるなと思っていて、本当にそんなに簡単に決めていいのかなって、私個人としてすごく不安に感じているというか、怖いなこの世の中、と思っているところがありました。このドラマは「生殖医療」というものがテーマにはなっていますけど、簡単には決められない大事な問題、それに対して人間はどう向き合っていくべきかを示してくれる作品になると思いました。 ーお金がなく、切迫しているがゆえに身体を売る主人公と、子どもを強く望んだけど不妊治療が実らなかった夫婦という、それぞれの立場の深い事情や悩みが描かれるがゆえに、簡単には断罪できない、複雑さがありますよね。 板垣:すごく悩んでいる方が多い問題で、代理母という選択をせざるを得ないくらい切羽詰まって苦しい思いをしたりするよねって思うし、ドラマではちょっとずつみんな間違ったことをしちゃうんですけど、それぞれの事情があるし、ものすごく切実な悩みだから、断罪できないと思うんです。この人たちは悪いとか、この選択はひどいとか、あまりにもそういう見え方にならないようにしようと思いました。
リアルな貧困に迫る
ーこのドラマの特徴として、貧困の描写がリアルという声がSNSでも上がっています。ドラマでは貧困といいながら部屋結局広いじゃんみたいなことが起きがちなんですけど、本当にボロいアパートだったりとか、理紀が酒向芳さん演じる平岡とのやりとりですり減る感じがとてもリアルでハラハラしました。理紀と同僚のテルとの卵子提供や代理母をめぐる会話も、貧しいがゆえに自分を大事にできない感じが伝わってきて、貧困の手触りを感じさせられました。 板垣:貧困っていうテーマで何名か取材させてもらってその中のひとりがヒオカさんでした。 実際にお話を聞いたことで、すごく理解が深まったところがありました。例えばおにぎり1個を買うよりお米を買った方が長期的に見たら安いんだけど、そのお米を買う1000円2000円が惜しい。あと靴とかカバンとかは1個ずつしか持てないとか、理紀もそうだろうなと思いました。一番考えさせられたのは、ヒオカさんから、自分が社会の中で雑に扱われていると、自分自身がそういう価値の人間なのかな、という暗示にかかっちゃう、自分で自分を低く見積もっちゃう感じがあると聞いたことです。それは本当にそうなんだろうなと思いました。 理紀も、どうせ自分なんてみたいな気持ちにどんどんなっちゃう。人から見たらそんなことするなんて愚かだよって思われちゃうかもしれないけど、理紀にとっては、もう自分はそういうことでもしないと、ってなっちゃっているんだろうなと思います。それが自分を大事にできないというある種の自傷行為に繋がってしまう。貧困に蝕まれるとそこまでいってしまう人もいるのだと思います。 そういう部分が、実際に貧困というものを身をもって知っている人たちのお話を聞いたことで、すごく輪郭がハッキリした感じがあります。 ー物語が進むにつれ、理紀が複数の男性と関係を持つなど、暴走が始まります。正直、短絡的で目先のことしか考えない理紀はなんて愚かなんだと思いました。でも、愚かさっていうのも貧困で思考力がなくなったりだとか、知識を身に着けてこられなかった部分もあったりするのかなと考えさせられたりします。ネットでも、生殖を売り買いすることになったら本当にその人の性の自由まで奪っていいのかなど、議論が活発にされています。制作陣としては理紀の暴走だったり短絡さみたいなものをどういうふうに見つめて、どのような視点で描かれていますか。 板垣:もちろん褒められる行為ではないと思うけれど、でも自分がその立場だったら絶対にそうしないとは言い切れないなと思います。お金で買われたらそんなに何もかも奪われ、コントロール下に置かれなきゃいけないのって思うよなって。それが人間だし、当たり前だよなって思っていますね。