【卓球】[元日本代表・松村優美]乳がんを患い、死と向き合った日々。「卓球に生かされた命です」
「結婚してすぐ見つかったので、夫に『離婚しましょう』と私から言いました」
かつて日本代表として活躍した「青池優美」は、20年以上経ってから「松村優美」として全日本マスターズの40代の部で2回優勝した。 目の前の彼女から「元日本代表」のオーラは感じない。少しふっくらとして、快活な話しぶりは、果樹園の直売店の仕事のせいなのか。それとも、二度の大病を乗り越え、死と向き合った強さなのか。 会うと穏やかで優しい笑顔を見せる松村優美。40代より上の卓球人にとっては「青池優美」と言えば、記憶に留めている人も多いだろう。かつてインターハイで活躍、その後、日の丸をつけて戦った卓球の日本代表のカットマンだ。 そして2017、18年の全日本マスターズ選手権では40代で2度優勝している。日の丸をつけた輝かしい実績、そしてひと休みした後にマスターズなどで活躍する名選手。そう思ってしまうのは無理はないだろう。ましてや、少しばかりふっくらとして笑顔で話をする彼女が乳がんという大病を乗り越えて、自分の死を意識した女性にはとても思えない。 山梨に嫁いだ後、青池優美から松村優美となっても、週に1、2回は卓球をしていた。「シングルスも最初は出なかったですね。昔強かった選手が下の人に負けると、周りの人にいろいろ言われるのがすごく嫌でした。自分の中に変なプライドがあったので試合に出たくなかった。 山梨に嫁いで9カ月経ったある日のこと。それは出場を予定していた2014年3月の東京選手権の直前だった。胸に少しばかり違和感があった。痛みはないのに、くぼみがあった。所属していた甲斐路クラブの弦間清春さん(監督)に相談したら、「早く病院に行ったほうがいい」と言われて、病院に行った。 松村優美は向かった病院で『おそらく乳がんですね』と告げられた。頭の中が真っ白になり、何も考えられない状態になった。「結婚してすぐだったので、夫に申し訳ないという気持ちがすごくありました。『乳がんが見つかった』と夫に言った時は、彼も泣いて、私も泣いて、『どうしよう、どうしよう』という感じでした。 普段、生活していても、病気のことで頭がいっぱいになり本当にもう夢か現実かわからないという状態が、何日も何日も続きました」 「結婚してすぐ見つかったので、夫に『離婚しましょう』と私から言いました。そう言ったら夫が、『一緒に頑張っていこう』と声をかけてくれて、『ゆっくり病気治しながら、農家の仕事をやりながら、田舎でのんびり暮らそう』と言ってくれました。ただのんびりゆっくりとはいかなかったですね。果樹園はめちゃくちゃ忙しいから(笑)」 CT、MRI、 骨への転移を調べるいろいろな検査があった。癌はステージ2Bで、リンパにも転移していた。「私たちはまだ結婚したてで、子どもが欲しかった。抗がん剤を打ったら、もう子どもは作れないという話だったので、 まず手術をして、その後、その抗がん剤までの間に不妊治療をしようと決めました」。松村優美は左胸全摘出とリンパ節の一部を切除した。その後、抗がん剤治療が1年半続き、さらに放射線治療も行い、今もホルモン剤を服用している。 卓球を再開したのは手術して2年後の2016年だ。 死に直面し、自分の余命を考えた青池は卓球への考え方や生き方が変わったことを実感していた。そして、翌2017年、全日本マスターズ選手権で逆転勝ちを繰り返しながらマスターズ40代の優勝を成し遂げた。彼女にとってシングルスでは初の全国タイトル。45歳の秋だった。 「病気をした後、勝とうとか、優勝しようという気持ちよりも、卓球を楽しんでやろうという気持ちのほうが強くて、私の命は、卓球に生かされてると思っています。ホルモン治療は今でも続いてるので、体はすごくしんどいけど、病気をしたことによって、精神的にすごく強くなったし、もう怖いものがなくなった。 一度、『自分は死ぬかもしれない』という覚悟をして、死に直面したし、あと何年生きられるんだろうと考える時期もありました。そういう時、ネットとかでついつい調べてしまう。そうするともう本当に怖くなってくる。『私は余命あと何年だろう』とかいろいろ考えてしまうんですよ。そういう経験があったから、今は怖いものが何もないですね」 「病気と卓球をとおしていろいろ経験ができたことが、人生の中ですごく良かった。病院の先生も含め、卓球関係の人や会社の方に助けられました。感謝の気持ちを持って、これからも楽しく、卓球を生涯続けていきたい」 卓球によって多くの仲間ができ、彼らが生きる勇気を与えてくれた。山梨の笛吹市。西に南アルプスの山々を臨む松村農園で、作業服に身を包み、ぶどうと桃の木の世話をする松村優美。 夏の収穫は近い。今、卓球に生かされた命を感じている。 (卓球王国2024年8月号より抜粋)
卓球王国 今野昇