『オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~』、戦後韓国史の答え合わせ【えのきどいちろうの映画あかさたな Vol.65】
今年は『ソウルの春』(23)が日本公開されて、韓国の政治史が俄然、注目を集めてますね。旧作もアマプラで見られたりするから、『KCIA 南山の部長たち』(20)は1979年10月の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件が描かれていて、その直後、12月の全斗煥(チョン・ドゥファン)粛軍クーデターを描いたのが『ソウルの春』、1980年全斗煥政権による学生デモ弾圧(光州事件)を描いたのが『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)etc、というふうに頭のなかで時系列に並べ直してみたりしますね。そういうことをさせるほど『ソウルの春』は面白かった。ちょっと『日本のいちばん長い日』(67)みたいでしたね。 で、あらためて見直してみると旧作が迫力満点なんですよ。上記の2作はもちろん、『弁護人』(13)、『1987、ある闘いの真実』(17)も素晴らしかった。韓国現代史に材をとった映画は秀作揃いですね。それは1つにはクーデターや独裁政権、戒厳令、学生らの大規模デモ、といったダイナミズムに彩られた韓国現代史の力感ですよね。政治のインサイドストーリーが単なる暗闘ではなく、本格的なドンパチになったりする。今はクーデターこそないけど、失脚した大統領が獄につながれたりする。強烈ですよね。つまり、韓国現代史自体に迫力がある。 で、もう1つ大事なことはタブーなく、その現代史に斬り込む韓国映画界の姿勢です。果敢に斬り込んで、しかもエンタメとして成立させ、大ヒット作をものにしたりする。だから、僕らも「今回の全斗煥エグいなー」的にエンタメとして鑑賞することさえ可能ですね。実際、『ソウルの春』のファン・ジョンミンの顔芸は知人の間で大人気でした。描かれていることは韓国現代史の暗部なんだけど、そこに映画としての魅力がある。 で、本作『オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~』ですよ。これは見たいと思った。ミン・ファンギ監督のドキュメンタリー映画です。韓国民主化運動のヒーロー、ノーベル平和賞の男、金大中(キム・デジュン)の生涯を実に6,000時間に及ぶ膨大な映像資料をもとに編んだ意欲作です。 といって僕の世代は「金大中(きんだいちゅう」読みのほうがピンと来るんですよね。何しろ1973年、僕の中学時代にその名も「金大中事件」と呼ばれる拉致・誘拐事件が日本で起きてますから。当時の金大中氏は韓国の野党政治家、民主活動家でした。71年の大統領選に出馬して、現役の朴正煕大統領を僅差まで追いつめた。だから独裁政権にとっては邪魔な存在だったんですね。交通事故を装った殺害が企てられ、九死に一生を得た金大中氏は、身の安全を確保するため海外へ出るんですね。 で、東京滞在中にKCIA(大韓民国中央情報部)によって拉致・誘拐されるんです。九段のホテルグランドパレス内で6、7人の男に襲われ、クロロホルムを嗅がされてクルマで連れ去られます。クルマは関西方面のアジトへ向かい、工作船で神戸を出航したらしいんですが、当時、新聞を読んだ僕の認識は「韓国のえらい政治家が誘拐されて行方不明」「我が国にとって重大な主権侵害」くらいのところです。まさか工作船を海上保安庁のヘリが追跡し、そのために暗殺計画(日本海に沈めようとしていた)が不首尾に終わったなんて知る由もありません。 余談ですが、外国のスパイが暗躍した「金大中事件」のホテルグランドパレスは、ざっくり15年ほど後、若手ライターとして神保町の雑誌社で仕事をするようになった僕のお気に入りスポットになり、1階のカフェはしょっちゅう打ち合わせで使わせてもらうことになります。グラパレはもう一つ、当時プロ野球のドラフト会議の舞台でもあったんです。73年に金大中事件、78年に江川事件(ドラフト会議前日を「空白の一日」として、巨人への電撃的なドラフト外入団を企てる。但し、ドラフト外なのでグラパレは直接関係ない)ですよ。そりゃ、行っていいなら行っちゃいますよ。何か陰謀渦巻く昭和の一流ホテル感がよかった。残念ながら2021年6月、営業を終了し、今は見る影もないんですけど。 ま、金大中事件そのものを描いた映画は『KT』(02)になります。『オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~』はそういうんじゃなくて、不屈の男、金大中氏の生涯を概観する作りです。それが本当に不屈の男なんですよ。もう、苦難の連続。木浦で海運会社を経営してた青年期に始まって、政治を志したと思ったら落選を何度も重ねる。で、やっと1961年初当選を果たしたら、当選3日目に朴正煕によるクーデターが勃発、国会が強制解散になって失職です。カリスマ性があり演説が人を惹き付けたから、独裁者朴正煕から徹底マークされ、弾圧を繰り返されます。ご家族も苦労のし通しです。だって家計のことだけ考えたって無職になったり獄につながれたり、兵糧攻めに遭ってるようなもんです。 解説ナレーションがとてもわかりやすく、戦後韓国史の最高の答え合わせになったし、金大中氏の不屈の魂にも思いを致したんですよ。唯一、残念だったのはナレーション原稿の「関心事」を「かんしんごと」と読んでたことかな。俗語というか、崩した口語表現で「かんしんごと」と言ったりするのはわかるけれど、こういう格調ある作品では国語辞典通り、「かんしんじ」とするべきです。 文:えのきどいちろう 1959年生まれ。秋田県出身。中央大学在学中の1980年に『宝島』にて商業誌デビュー。以降、各紙誌にコラムやエッセイを連載し、現在に至る。ラジオ、テレビでも活躍。 Twitter @ichiroenokido 『オン・ザ・ロード~不屈の男、金大中~』 11月1日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開 配給:スモモ ©2024 MYUNGFILMS & CINEMA6411 ALL RIGHTS RESERVED
えのきどいちろう