トランプ陣営は生成AIやディープフェイクを選挙戦にどのように活用したのか?
■ ミーム拡散に利用される生成AI タイムズ誌も全面的にディープフェイクの影響を否定しているわけではなく、技術の進化が続けば、将来的に懸念が現実のものになるだろうという研究者の見解を紹介している。 とはいえ、確かに「本物と見分けがつかないほど精巧に作られたフェイク画像により、米国民の多くが騙される」などという事態は発生していない。 ディープフェイクが今回の選挙でさほど存在感を示さなかった理由のひとつは、AI生成コンテンツに稚拙なものが多かったためだ。 たとえば、フォーチュン誌は選挙前から「多くの政治的AIディープフェイクが漫画的なもの」と指摘する記事を発表し、さまざまな「漫画的」フェイクコンテンツを紹介している。 トランプが猫に乗りながらアサルトライフルを構えている動画や、子猫の群れが「奴らに私たちを食べさせないで、トランプに投票しよう!」と書かれたプラカードを掲げている画像、といった具合である。 トランプは選挙戦中「移民がペットを食べる」という根拠のない主張を繰り返しており、猫画像はその文脈で投稿されたものだ。 先ほどのイーロン・マスクが拡散させたハリス副大統領の画像も、本当に彼女が共産主義者に見えるようなクオリティを目指したものというより、「彼女が当選すればこうなるぞ」と揶揄する意図の方が強いだろう。 では生成AIが選挙戦にまったく活用されなかったのかというと、もちろんそんなことはない。ディープフェイク用に精巧なコンテンツを生み出すのではなく、いわゆる「ミーム」を拡散するための補強として、精巧ではないが耳目を引く画像や動画を生成することに活用されたという指摘がなされている。
■ 今回の選挙でわかったディープフェイクの選挙的意味 ミームとは、主にインターネット上において、広く拡散されている話題や言動、コンテンツのことを指す。要するに、「バズっている」ネタである。 たとえば、TikTok上で特定のダンスや楽曲が短期間で、爆発的に流行ることがあるが、これらはまさにミームである。また、今年の新語流行語大賞の候補にも選ばれている、人気ドラマ発の「はて?」や「もうええでしょう」といったセリフなどもミームの一種だ。 前述の通り、子猫たちが「トランプに投票しよう」というプラカードを掲げている画像は、「移民はペットを食べる」というトランプの主張に基づいて生成されたものだ。 この主張に明確なエビデンスは示されておらず、大統領選挙期間中に行われたテレビ討論会においても、司会者から「根拠がない」として訂正されたほどである。しかし「移民はペットを食べる」という主張自体がミーム化し、反移民感情を煽る概念として拡散されることとなった。 そうした中で生成されたこの画像は、もちろん本当に移民がペットを食べている証拠として示されたものではない。「ペットを食べる」というミームの印象をさらに鮮烈なものにし、「これウケる、みんなに共有したい!」といった感情を引き出すために作られたものだ。 そのような目的であれば、作成する画像は現実にあり得るような内容ではなく、逆にあり得なければあり得ないほど感情的なインパクトは大きくなるだろう。そして生成AIは、現実にはあり得ないような画像を生み出すことを得意としている。 前述のフォーチュン誌の記事では、共和党で戦略立案を担当するケイレブ・スミスという人物が語った「(AI生成のコンテンツの)目的は楽しませることであり、騙すことではない」という言葉を紹介している。 まさに今回の大統領選において、生成AIはディープフェイクを実現する手段ではなく、政治的な主張をエンターテインメントとして拡散する手段として使われたと言える。