作家・紗倉まなさん 実の祖母をモデルにした意欲作『うつせみ』に込めた思い
2012年にデビューしてから100本以上に出演し、トップAV女優として活躍し続ける紗倉まなさん(31)。16年に「最低。」で小説家デビュー。その後発表した「春、死なん」は、20年度野間文芸新人賞候補作になり、作家としての地位を築こうとしている。そんな彼女が発表した最新作が「うつせみ」だ。本書に込めた思いを、著者自ら語ってもらった。 【写真】セクシー女優時代の紗倉まなは「龍が如く」にも出演 主人公・辰子はSNSへの投稿をきっかけにスカウトされてグラビアアイドルになる。本の帯に「見られることの痛みを描く」と謳われているが、その当事者は辰子だけではない。79歳にして美容整形を繰り返す辰子の「ばあちゃん」がもうひとりの主人公となる。 冒頭から衝撃的だ。ばあちゃんが失踪。家族が認知症を心配するなか、1週間後に突然戻ってくる。その姿は、〈顎から頭頂部にかけて巻きつけた圧迫バンドから肉がもれ、シュウマイが顔の周りにいくつもくっついているよう〉(本書から)。骨格整形手術後のダウンタイムをビジネスホテルで療養していたのだ。 「本書に登場するばあちゃんのモデルは私の実の祖母なんです。現在80歳を越えていますが、私が物心ついたときにはすでに美容整形をしていましたが、家族は見て見ぬフリでそっとしていました。資金の元手は『祖父が残した遺産?』『年金?』など身内でも諸説あります(笑)。祖母が整形を繰り返す真意は直接聞いたことはありません。フィクションのなかでその答えを探すことが創作のきっかけになりました」 答えのない“美”を追求するという痛みを象徴するシーンがある。グラマーな体形である辰子は電車などでの舐めるような視線に悩み、スレンダーな同期・みぞれは摂食障害に苦しむ。それぞれの苦しみを理解しているはずなのに互いの体形を羨望してしまう。一方でばあちゃんは、はち切れそうなほどの胸を手に入れるため、年金を使ってまでしてローンを組む。 「この10年くらいで、整形の社会的なイメージは大きく変わりました。ファッションやメークのようにカジュアルになったんです。技術の向上によって身体的にも経済的にもコストが軽減。SNSでは整形の経過を投稿するアカウントも出てくるほど身近な存在になりました。それでも、手術には痛みが伴うし、理想を追い求めるには精神的な痛みもつきまといます。個人的には、整形は個人の努力だと肯定的にとらえています」 辰子が所属する事務所の女性マネジャーは整形を「売れるための手段」として考え、辰子の母親は〈女の子は顔が命。傷がつくのはダメ〉と口にする。 十人十色の価値観が随所にちりばめられ、美を追求する人々の群像劇の様相を呈す。そんな状況をばあちゃんが一言で言い表す。 「作中でばあちゃんには『綺麗になりたいっていうよりも、みんなと同じになりたいってことなのよね』と悟りめいたことを言わせました。整形そのものは個人の努力ですが、社会全体で見たときには別の考え方をする必要があると思ったからです。美を語る上で“個性”という多様性を考えるキーワードが必ず出てきますが、私たちの社会は個性を受け入れられているのでしょうか。“量産型の顔”という言葉もよくSNSで話題になります。ルッキズムと多様性という2つの価値観が交差するのが整形なんじゃないかと思います」 本書の視座は美醜の問題にとどまらない。辰子の生まれ育った千葉県某所は、水運の要所として豊かな河川が人々の生活を潤していたが、今では〈搾り取られるだけ取られた後の、おこぼれみたいな川〉に。ばあちゃんの記憶にあるかつての写真館はトランクルームへ、草履屋は駐車場へと殺風景に様変わりした。移ろう都市の姿にも整形が重なる。 「なんでもキレイに効率よくするために世の中は変化しているなと感じています。それはもしかしたら、整形をめぐる議論も都市の変容も同じことなのかもしれません。生きやすくなっているようで、実は、生きづらさを抱えなければいけない時代。整形や美醜についての直接の当事者でなくても、同じメッセージが響くこともあるかと期待しています」