きじまりゅうたさん「老化は感じない」 思い出の〝はたちメシ〟を前に… YouTubeを始めた理由
胃袋が丈夫で健啖であるというのは、料理研究家にとって何よりの財産だろう。ふり返って二十歳の頃とは、きじまさんにはどんな時代だったろうか。 「大学とアパレルバイト中心の日々でしたが、時間を捻出してよく遊んでもいました。時間の使い方を頑張ってた点は自分を褒めたいっすね」 「ホームパーティ業みたいなこともしてたなあ。うちで飲み会やって、ひとり2千円ぐらいの会費で俺が料理を作る。一度に10人前ぐらいを作るの、あの頃に鍛えられましたね。作りおきと、温かく出すものと、シメとで構成も考えて。ただ……いろいろ一生懸命ではあったけど、やっぱり流れに身を任せてる感じでした。自分でしっかり考えて物事を決めてなかった」 卒業後はそのままバイト先に就職するも、次第に業績が悪化する。 「ストリートファッションブームが終息してきたのもあって、以前のようには売れなくなって」 同時期、祖母の死も経験した。2004年だった。葬式の席で集まった祖母の仕事仲間から「りゅうた、まだ(料理の世界に)戻ってこないの?」という言葉をかけられる。うちの孫はセンスもいいし味覚も確かだと、ずっと周囲には自慢していたのだった。 「本当はね、あんたに料理やってもらいたかったんだよ」 そんな言葉を聞いて、思いが再燃した。しっかりと自分の将来を考え、料理の道に進もうと決断する。そうなれば行動は早い。母親のアシスタントをさせてもらいながら調理専門学校に通い出したのは、24歳のときだった。 現在は料理研究家として確たるポジションを得て、人懐っこいキャラクターは全国的にも認知されている。40代という地平を今後、どう歩んでいきたいと思っているだろうか。 しばらく目をつむって考えた後、きじまさんは「あがき続けたい」という言葉をひねり出す。 「あるいは、もがき続けたい。若いうちって何も考えずに動いてても、勝手に新しいことができる面がある。でも40歳超えて、なかなかそうはいかないなと感じたんです。自分からいろんなこと始めて、ぶつかっていかないとできない。待ってるだけじゃだめだと思って、YouTubeチャンネルを始めました。将来もずっと料理研究家を続けていきたい。こんなこともできるよというのを、あがきながら示していきたいです」 きじまさんは今、料理の動画配信を構成・撮影・編集まですべてひとりで行っている。動画のひとつに「ごく普通の食材で、ちょっと新しくて、間違いなくおいしい」というキャッチコピーがあり、心に残った。 日本全国どこでも買えるような食材で、「作ってみたい」というときめきを感じさせる。家族全員に好かれるようなおいしさを追求する。きじまりゅうたという料理研究家が追い求める味わいが、ひとつの文に詰まっているように感じられた。 「俺、ハゲたし腹出たし、何も無いとこでつまづくようにもなりましたけど(笑)、自分では“老化”ってまったく感じてないんです。いい“あがき方”を考え続けていきますよ!」 <料理研究家 きじまりゅうた:1981年、東京都豊島区生まれ。日本の家庭料理を専門とし、作る人の年代や経験値、状況に寄り添って考える細やかなレシピ制作を得意とする。『極狭キッチンで絶品!自炊ごはん』(新星出版社)など著書多数。YouTubeチャンネル「きじまごはん」https://www.youtube.com/@kijimagohan> <取材・撮影/白央篤司(はくおう・あつし):フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに、忙しい現代人のための手軽な食生活のととのえ方、より気楽な調理アプローチに関する記事を制作する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)『台所をひらく』(大和書房)など。2023年10月25日に『名前のない鍋、きょうの鍋』(光文社)を出版>