“ストライク入らない病”に「泣く寸前」 緊急救援で先輩に黒星…謝罪できぬほど「怖かった」
まさかのリリーフも四球…後続が打たれて逆転負け「山田さんは裏で暴れていました」
3-2の7回1死一、二塁で星野氏はマウンドに送り込まれた。打者は西村徳文内野手だった。結果はストレートの四球。「ブルペンでストライクが入るようになっても、やっぱり試合になると“打たれたくない病”で入らないんです。まして、山田さんの後ですし……」。それで交代だった。「4球で終わり。何で僕を出したのかわからなかったですけどね」。続く3番手の森厚三投手が打たれて逆転を許し、山田に黒星がついた。 「山田さんは裏で暴れていました。ガーン、ガン、ガーンって。謝りにもいけないくらい怖かったです。そりゃあエースから調子の悪いピッチャーに代えられたんですからね。別に山田さんは僕に怒っていたんじゃなくて、ベンチに怒っていたと思うんですけどね。まぁ普通、これで僕はファームですよね。だけど、もう1回投げさせるって。今だから言えるけど、“えー、まだ投げるの、もう下に落としてくれたらいいのに”ってくらいの気持ちでしたよ」 6月12日の日本ハム戦(西宮)で投げた。金沢の悪夢から中5日での先発だった。「もうプレッシャーで、ガチガチで投げるのが怖かったんじゃないかなと思う」と星野氏は言う。初回1死からトニー・ブリューワ外野手に先制2ランを浴びた。嫌なスタートだ。だが、後続を抑え“1/3KO”回避で少し落ち着きを取り戻したようだ。3回に再びブリューワにソロを許し、8回にも1点を失ったが、11三振を奪い、4失点で完投した。「ハマれば三振が取れたのでね……」。 もっとも9回表を終わった段階で試合は2-4。このまま終われば、星野氏が敗戦投手になるところだった。それを阪急打線が9回裏に粘り腰でひっくり返した。小林晋哉外野手のタイムリーで同点に追いつき、熊野輝光外野手が劇的なサヨナラ3ラン。一転して星野氏が勝利投手になった。勝ち星こそが最高の薬だったに違いない。4年目はそこから調子を取り戻し、負けも多かったものの、初の2桁勝利にたどりついた。 「今考えたら、無茶苦茶、辛抱して使ってもらっていたってことですよね。(6月12日の)4失点完投の時もよく僕を代えなかったと思いますよ。あの試合は必死で、たぶんキャッチャーのサインにも首を振っていないと思います。自信がなかったんでね。勝たせてもらったけど、もし負けていたらもっと落ち込んでいたかもしれない。振り返ったら大事な試合でしたね」。当時21歳。星野氏はそんな“絶不調問題”も乗り越え、主力投手の道を歩んでいった。
山口真司 / Shinji Yamaguchi