ベニシアが退院して始まった自宅介護 「逃げない」と決めたが、想像以上の大変さに不安も
点滴は1日4回セット
訪問看護師は午前10時半と午後3時半に来てくれます。まず酸素飽和度と体温と血圧を測ります。介護オムツの交換時にはボディーソープを使って洗い、お湯ですすぎます。それから栄養分のほか抗生物質や脂肪乳剤など、3種類の輸液を1日4回セットします。カテーテルを使って心臓に近い中心静脈まで送ります。口で食べられないので栄養補給は点滴からだけです。水分摂取と食べる楽しみを味わうため、介護用ゼリーは口から取ってもらいました。 痰がからんでいたら、吸引器で吸い取ります。これは痛くて誰もが嫌がるので、吸引する側にとってもつらい仕事です。熱があるときは座薬を入れます。直腸に指を入れて排便を助けることもあります。こうした看護の作業に約1時間かかります。 僕はヘルパーと看護師の仕事をいつも手伝いました。介護オムツ交換を1人でやるのと2人でやるのとは、大変さが相当違います。手伝っていると、いろいろと教えてもらえるし、実践して身につき、また情報も広がります。 家族を自宅で介護するかどうかは、それぞれの家によって対応は様々です。実際、「逃げない」と決意し、介護に意欲を燃やしていた僕も、いざ始めてみると想像以上の大変さに不安がわき上がってくるのを感じていました。
梶山正(かじやま・ただし)
写真家。1959年、長崎県生まれ。ネパール・ヒマラヤでのトレッキングの後、インドを放浪し、帰国後は京都でインド料理店を開く。92年、店の常連客だったベニシア・スタンリー・スミスさんと結婚、96年に京都・大原の築100年以上の古民家に移住。山岳雑誌などで活躍。近著に「ベニシアの『おいしい』が聴きたくて」。ベニシアさんとの共著に「ベニシアと正、人生の秋に」「ベニシアと正2 青春、インド、そして今」「ベニシアと正3 京都大原・二人の愛と夢の記録」など。
ベニシア・スタンリー・スミス
ハーブ研究家。1950年、ロンドン生まれ。貴族の家庭に生まれるが、貴族社会に疑問を持ち、19歳でインドに渡って瞑想(めいそう)を学ぶ。71年来日、その後京都で英会話学校を開設。著書に「ベニシアのハーブ便り」「ベニシアの京都里山暮らし」など。ライフスタイルを紹介したNHKの番組「猫のしっぽ カエルの手」が人気を集め、ドキュメンタリー映画「ベニシアさんの四季の庭」にもなった。23年6月、誤嚥(ごえん)性肺炎で亡くなった。