中国がチベットに世界最大級のダム建設決定、「川を武器化」と批判するインドとの対立激化か
■ ダムが新たな中国・インド対立の火種に 中国政府がここに来て重い腰を上げた背景には「史上最大級のインフラ事業が経済の立て直しに寄与する」との判断があったのかもしれない。 中国政府は「下流の水供給に大きな影響を与えることはない」としているが、インド、バングラデシュ両政府は早速懸念を表明している。 ヤルンツァンポ川はチベットを離れるとブラマプトラ川と呼び名が変わり、インドのアルナーチャル・プラデーシュ州とアッサム州を通り、最終的にはバングラデシュに流れ込んでいる。インドやバングラデシュの周辺住民1億人以上にとって貴重な水の供給源だ。 「21世紀は水の取り合いで戦争が起きる」との警告が出ているが、ヤルンツァンポ川(ブラマプトラ川)は潜在的な紛争地域の1つなのだ。 インド政府はアルナーチャル・プラデーシュ州で大規模な水力発電所の建設も予定しており、このプロジェクトが悪影響を及ぼすことを心配している。 インド政府は川の共同管理を訴えてきたが、上流に位置する中国の立場は圧倒的に強い。 国際河川であるにもかかわらず、中国政府がこれまで周辺諸国に対し、情報提供をほとんどしてこなかったため、インドでは「自国の水の安全保障が脅かされている。中国が川を武器化しようとしている」との怒りの声が上がっていた。 昨年末から中国とインドの間で緊張緩和の動きが出ていたが、このダムが両国の新たな緊張の火種になる可能性は十分にあるだろう。
■ 中国がインドとの国境地帯で実効支配? 昨年10月のBRICS首脳会議の場で、習近平国家主席とモディ首相が直接会談を行って以来、両国の関係は安定に向かうとみられていた。 中国の王毅外相とインドのアジド・ドバル国家安全保障顧問は12月18日に北京で会談し、両国が領有権を巡って長年対立してきた国境地帯について互いに受け入れられる解決策を模索することで合意した。 両国の国境地帯では2020年6月の軍事衝突で少なくとも20人のインド兵士と4人の中国兵士が死亡した。両国はその後、国境線が明確に定まっていないインド北部ラダック地方に総勢数万人の兵士と軍事装備などを配置してきた。 インドでは「国境地帯での軍事的緊張が緩和される」との期待が生まれていたが、楽観的なムードを打ち消す報道が出ている。米国から提供された衛星画像で「係争地域であるアルナーチャル・プラデーシュ州のタワン渓谷で中国軍が前哨基地を新たに3つ設置した」ことが判明したという。 中国は「南チベットの一部だ」として、ブラマプトラ川が流れるアルナーチャル・プラデーシュ州の領有権を主張してきており、実効支配に向けて着々と準備を進めている可能性は排除できないと思う。 係争地域に前哨基地や村を建設して自らの活動範囲を徐々に拡大するのは中国軍の常套手段だ。今回の中国軍の動きは驚くことではないかもしれないが、インド側に「首脳会談や一連の外交交渉はなんだったのか」との思いが募ったことは間違いないだろう。 日本企業が成長市場として期待を寄せるインドの軍事予算は世界第3位、中国は第2位だ。世界有数の軍事大国間の緊張が高まらないことを祈るばかりだ。 藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー 1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。
藤 和彦