好きな人の写真を見ると瞳孔は広がる? 瞳孔と自律神経の不思議な関係
対光反射が死亡判定に使われる理由
強い光を瞳孔にあてることによって、縮瞳が起きる現象を対光反射といいます。反射ですから「眩しい」と思って瞳孔が小さくなるわけではありません。意識とは無関係に起きる現象です。 対光反射を起こすうえで要となるのは、脳幹の中脳という部分。光の情報は目から求心性神経(視神経)を通って中脳に伝えられ、そこで統合された後、今度は遠心性神経(副交感神経)を通って瞳孔括約筋に情報が伝えられます。つまり対光反射は〔網膜―視神経―中脳―副交感神経―瞳孔括約筋〕という経路で起きるわけです。 ペンライトで光を瞳孔にあてても縮瞳が起きなければ、この経路のどこかに異常があるということです。脳幹の中脳が働かないということであれば、死を意味しうるでしょう。脳幹は、循環、呼吸、嚥下などを司っている命の中枢です。その部分の不可逆的な停止によって、私たちは死に至ります。死の概念は時代や国によって考え方が異なりますが、現在の死の判定基準には不可逆的な呼吸停止、心拍停止、対光反射の消失の3つの徴候が用いられています。 瞳孔の大きさを変えるのは光だけではありません。近くの物体に焦点を合わせようとすると、縮瞳が起きます。このときにも瞳孔括約筋を支配している副交感神経が働きます。 痛みや精神的興奮の場合は、逆に散瞳が起きます。たとえば好きな人の写真を見るだけで瞳孔は広がるかもしれません。実際に、鏡を見ながら確認してみるとおもしろいですよ。この場合の散瞳も、瞳孔散大筋を支配している交感神経の活動が高まるためです。
皮膚を刺激すると瞳が変わる
瞳孔は、皮膚への触刺激によっても広がります。筑波技術大学の志村まゆら氏らの実験を紹介しましょう。 明るい場所で、麻酔したネズミの顔や前足、胸や後足の皮膚をブラシでさすると、散瞳が起きます(図2-4)。この場合、散瞳はどういう仕組みで起きるのでしょう? 皮膚や筋肉への刺激によって無意識的に起こる内臓の反射を、体性―内臓反射あるいは体性―自律神経反射とよんでいます。この反射の詳細については次章で説明しますが、ネズミの瞳孔が皮膚の刺激で大きくなったのは、この反射によるものです。皮膚の刺激で散瞳が起きるわけですから、この反射の遠心性神経としては瞳孔散大筋につながっている〔交感神経〕が考えられ、交感神経の活動が高まったために散瞳が起きたと考えるのが自然でしょう。 しかし実際には、そうではないのです。瞳孔にいっている交感神経を切っても、皮膚刺激による散瞳は起きるのです。どういうことでしょう? 明るい場所でネズミの瞳孔を観察すると、瞳孔は小さくなっています。これは瞳孔につながっている〔副交感神経〕が働いているためであり、副交感神経が瞳孔括約筋を適度に緊張(収縮)させているのです。 副交感神経が働いている証拠に、ネズミにアトロピン(副交感神経の働きを止める薬)を投与すると、瞳孔径は最大に広がり、30分以上も広がったままになります。 先ほどの実験で、ネズミの皮膚を刺激して散瞳が起きたのは、皮膚を刺激したことによって、高まっていた副交感神経の活動が抑えられたため、そう考えられるのです。 このように散瞳という現象には、交感神経と副交感神経の双方が関わっており、交感神経の活動が高まればもちろん散瞳は起きますが、副交感神経の活動が弱まっても散瞳は起きるのです(図2-5)。縮瞳に関しても同じようなことがいえ、副交感神経の活動が高まる、もしくは交感神経の活動が抑えられる、そのどちらによっても起きます。 自律神経には、互いの調節を助ける働きがあります。瞳孔につながっている副交感神経が活発に働いて縮瞳傾向にあるとき、瞳孔散大筋を支配している交感神経の活動は低下し、縮瞳の起きやすい状況がつくられます。また交感神経が活発に働いて散瞳傾向にあるとき、瞳孔括約筋を支配している副交感神経の活動は低下し、散瞳の起きやすい状況がつくられます。 さらに連載記事<意外と多い…1日に分泌される「唾液の量」と「その種類」>では、人間の唾液の仕組みについて詳しく解説しています。
鈴木 郁子(歯学博士・医学博士・日本保健医療大学保健医療学部教授)