斉藤由貴の円熟味ある演技が光るサスペンス「警察医・秋月桂の検死ファイル」
2012年にフジテレビ系で放送されたドラマ「警察医・秋月桂の検死ファイル」は、警察の依頼で検死を行う医師・秋月桂(斉藤由貴)の活躍を描いた単発作品。警察医とは、警察の捜査に協力する医師のことで、死因不明の遺体を調べて死因を医学的に判断する業務などを行なう。警察署に常駐するのではなく、開業医などが兼任する場合も多い。本作は、そんな警察医にスポットを当てたユニークな設定のドラマである。斉藤由貴演じる主人公の桂は、義父の秋月宗太郎(綿引勝彦)の経営する、鎌倉の秋月医院で働く。宗太郎から引き継いだ警察医の仕事は、まだ1カ月ぐらいでいわば新米だ。そんな桂が、ある日高校の先輩である警部補・滝沢祐太(木村祐一)の要請でホームレスと思われる男性の遺体を検死する。その男性は、偶然にも前夜に桂がリストランテ・花井に義父の宗太郎を迎えに行った際、酔って店に怒鳴り込んできた中年男だった。死因は脳挫傷と見られ、遺体には赤い発疹とひどい口内炎が見受けられた。数日後、長谷にある川北邸の主で国文学の教授・川北亮二(品川徹)が浴槽内で死んでいるのをヘルパーの堀内小夜子(高岡早紀)が発見。川北は桂の義父・宗太郎の絵画同好会の仲間だった。川北の遺体を検死した桂は、先日のホームレスと同じ症状があったことから、二つの事件の関連を疑い始める...。 【写真を見る】新米の女性警察医・秋月桂を演じる斉藤由貴 本作の魅力は、新米の女性警察医が主役という設定の妙に加えて、すっかり円熟味を増した斉藤の演技力に尽きると言える。同年に放送開始された「警視庁・捜査一課長」(テレビ朝日系)で演じた、平井刑事役にも通じるが、何気ないセリフやしぐさの可愛らしさがなんともハマっていて、画面に惹きつけられてしまう。有能ではあるが、優等生タイプではなく、人間味に溢れているのだ。どの作品でもまさに愛嬌のある人物像を作りあげるところが、斉藤の独自性であり、力量だと言える。 本作においては、相棒役でもある滝沢警部補を演じる木村祐一もいい味を出している。お笑い芸人として人気を博した後、俳優業に進出した木村は、2006年公開の映画「ゆれる」(西川美和監督)での検察官役が北野武監督に評価され、東スポ映画大賞の新人賞に選ばれた。2009年には監督にも挑戦し、映画「ニセ札」を監督し、自らも脚本と出演も務めている。本作では「アイドルの斉藤由貴を見ながら青春時代を過ごしたので、共演が楽しみだった」と語り、相手役を無難にこなした。だが、斉藤からは「キム兄は、どんな役でもキム兄にみえる」と記者発表の席でダメ出しを受けて苦笑していた。 さらに、謎めいたストーリーの鍵を握る人物・堀内小夜子を演じる高岡早紀の存在感も抜群だ。川北の遺体発見者として登場した後、稲村ケ崎の海浜公園で、母親の正代(岩本多代)の車椅子を押していたところで、桂からの質問を受ける。発疹と口内炎には気づいていたが、もともと川北にはアレルギーがなく、ホームレスの男のことも知らないと証言。後に桂が瀬木一郎教授(橋爪淳)のアルツハイマー型認知症の講演会に誘われ、会場に行くと、そこには普段と違い、おしゃれなスーツに身を包み、化粧をした華やかないでたちの小夜子がいた。講演終了後に声をかけてきた小夜子に、誰に誘われて講演会に来たのかを尋ねると、なぜか小夜子は狼狽し、逃げるように去っていく...。当初の地味な印象から一変し、この場面では際立った美しさとミステリアスな雰囲気を漂わせ、視聴者に強烈な印象を与える。19歳で主演した高岡は、1994年公開の映画「忠臣蔵外伝 四谷怪談」にて深作欣二監督と出会ったことで女優として開眼。同作では日本アカデミー賞主演女優賞をはじめ映画賞を総なめした。そんな彼女の女優としての実力は本作においても健在。裏の顔を持っていそうな謎めいた小夜子の役を完全に自分のものにしているという印象だ。ほかにも瀬木教授を演じる橋爪淳、リストランテ・花井のオーナーの花井達夫(宇梶剛士)、医大時代の仲間・沢木俊祐(相島一之)らの実力派俳優たちが脇を固めている。「発疹と口内炎」の謎に加えて、後に正体が判明するホームレス男の過去と、新たな殺人事件が発生し、複雑に展開するストーリーも見どころ満載だ。 このように「警察医・秋月桂の検死ファイル」は、斉藤をはじめとする俳優たちの演技合戦が楽しめる上質なサスペンスであり、大人の鑑賞に堪えるドラマとしておすすめしたい。 文=渡辺敏樹
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