出世競争に敗れた課長の末路、厳しかった上司の育休復帰──共感しすぎて胸が痛くなるお仕事小説(レビュー)
『負け逃げ』でデビュー以降、鬱屈とした状況から一歩踏み出す人間の姿を描き読み手の心をつかんできた、こざわたまこさん。『明日も会社にいかなくちゃ』は会社を舞台にした、立場や状況の異なる老若男女の“なんだかせつない”群像劇です。本作は2018年に刊行した単行本『仕事は2番』を改題、加筆修正をした文庫。自分にとって「仕事」とはなんだろう、毎日のなかでどれくらいの優先順位だろう……。読みながら働き方を考えさせられる一冊です。 「小説推理」2018年7月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『明日も会社にいかなくちゃ』の読みどころをご紹介します。 ***
■精一杯やってるのにうまくいかなくて、余裕がどんどんなくなって……自分の仕事、これでいいの? 頑張りすぎちゃう人に贈る、共感度MAXの物語。
共感しすぎて胸が痛い。 『仕事は2番』(文庫化に伴い『明日も会社にいかなくちゃ』に改題)は、こざわたまこの2作目である。デビュー作『負け逃げ』は地方の町で暮らす若者の閉塞感と焦燥感を見事に描いた佳作だった。そこには「抜け出したいのに抜け出せない」という足掻きが圧巻の筆さばきで描かれていた。その筆力は本書にも受け継がれている。 物語の舞台は、とあるOA機器販売会社。そこで働く人たちが持ち回りで視点人物を務める連作だ。 新人が馴染めるように色々気を使うがうまくいかない課長補佐、出世競争に敗れたとして部下たちからも軽んじられている課長、以前はとても厳しかった先輩が出産して〈ママさん社員〉になってから残業もせず早退も増えたことに不満を感じる後輩社員、会社では人望があり慕われているのに家庭がうまくいってない部長、自分のせいではないミスを責められたことがきっかけで休職してしまった新人社員。最後にもう1話あるのだが、それは内緒にしておこう。この人を持ってくるか、と感心した。 ここに登場するのは、とても身近で、身近だからこそ身につまされる出来事ばかりだ。たとえ登場人物と同じ立場でなくても、何かの板挟みになったり、理想の自分と現実の自分の乖離に悩んだり、逃げていることを自分で認めるのが辛くて目をそらしたりというのは、誰しも経験があることで、だからこそ、若いOLにもおじさん課長にも同等に感情移入してしまう。たまらない。 だが本書はただ痛いだけではない。『負け逃げ』が「抜け出したいのに抜け出せない」気持ちを描いているのに対し、本書は、抜け出そうとする人たちの話だというのがミソ。いっぱいいっぱいになって、ああ、もうダメかもと思って足掻いて、そして彼らは道を見つける。だから希望がある。救いがある。 気持ちを切り替えるきっかけは、自分にとっていちばん大事なものは何か、に気付けるか否かだ。第2話のラストシーンで目頭が熱くなった。なんということはない、家族の1コマである。なのに、なぜか泣けた。会社ではうまくやれなくても、見ていてくれる人はいる。わかってくれる人はいる。辛いなら逃げたっていい。疲れたなら休めばいい。だって仕事より大事なものがあるのだから。 主人公に同化しているときは辛いが、その分、読み終わったときにはすっと心が晴れる。気持ちがデトックスされる。そんな連作だ。 [レビュアー]大矢博子(書評家) 1964年大分県生まれ。書評家。名古屋在住。雑誌・新聞への書評や文庫解説などを多く執筆。著書に『読み出したら止まらない! 女子ミステリーマストリード100』『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』などがある。 協力:双葉社 小説推理 Book Bang編集部 新潮社
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