過去に「頂かれた」現役精神科医が明かす「りりちゃんのマニュアルの凄さ」と「おぢから抜け出す方法」
恋愛感情を利用して男性3人から現金計約1億5500万円をだまし取り、詐欺罪などに問われた自称「頂き女子りりちゃん」こと住所不定、無職渡邊真衣被告(25)の弁護人が5月に懲役9年、罰金800万円とした1審・名古屋地裁の判決を不服として名古屋高裁に控訴した。この「頂き女子りりちゃん」の手口は裁判でも明らかになってきた。 【衝撃写真】SNSで動画拡散…歌舞伎町トー横界隈で「オーバードーズ」が大流行 筆者は工業高校を卒業後、地方都市の繁華街でグダグダ人生を消費していた。当時を振り返ると、金回りは良かったものの、薄っぺらな華やかさのなかで、理想の自分と現実の自分のギャップに苦しみ、孤独で劣等感の塊だった。誤解を恐れずに言えば、女性に3000万円ほど「頂かれた」経験があり、エルメス、ティファニーなども山ほど買い与えた。いくら稼いで何をプレゼントしても、心の空白は一瞬しか埋まらなかった。 酒と眠剤で自分を誤魔化す日々。もう何もかもどうでもいい。死のうと思った。ぶら下がった首吊りロープを見ながら、まだ一度も真っ当な努力をしたことがない自分に気が付いた。今までただ逃げていただけ、ということに気づかされた。それから猛勉強して医学部に入り、今は岡山県内で精神科医をしている。 筆者は’23年12月に「頂き女子りりちゃんマニュアル」(以下、マニュアル)を購入して詐欺を働いた家田美空被告の事件を機にマニュアルを一部入手。精神科医の立場で分析してみた。ある決まったカテゴリーにいる「おぢ」たちがなぜ、りりちゃんにハマっていったか、昔の自分や、患者さんと向き合う経験から手にとるように分かった。 「マニュアル」には、男性を「テイカーおぢ」「マッチャーおぢ」「ギバーおぢ」と分類して搾取しやすい男性にターゲットを絞って攻略する方法を確立している。 ●テイカーおぢ 自分がやりたいことにばかり集中し、女の子のために何かしたいなんて考えもつかないような男性 ●マッチャーおぢ 時々、女の子のことを考えるけど、自分のことも大事という男性 ●ギバーおぢ 愛する女の子のために尽くしてくれるおぢ 「マニュアル」では、ねらい目を「ギバーおぢ」と一部の「マッチャーおぢ」に絞り、自己利益を優先する「テイカーおぢ」には〈死ねとLINEを送って、即切りましょう〉と明記している。 自己利益と他者利益が半々程度なのが「マッチャーおぢ」。<よくいる中間のおぢ>と紹介し、このタイプの男性は詐欺の対象にするためには育成しなければならないとある。 そして、他者利益を優先する「ギバーおぢ」は〈このおぢを手に入れたら頂き無双できる〉とあり、「マニュアル」の最大のターゲットはこの「ギバーおぢ」だということが分かる。 この分類方法は、組織心理学の手法だ。そもそも組織心理学は、個人や集団の行動を分析し、会社と従業員の幸福度とパフォーマンスを向上させるために、発展してきた学問だ。学派によって異なるが、組織心理学の分析を行うには、人を性格で32種類に分類したり、185項目で評価したりと、とにかく煩雑だ。 ところが「マニュアル」ではわずか3種類に分類する方法を採用。さらに、女性が詐欺を繰り返すなかで、失敗や罪悪感からモチベーションを落としてしまった時に、もう一度自分を奮い立たせる方法まで書かれている。会社の採用や人事のために作られた専門的な手法を、ここまで鮮やかに誰にでも理解できる言葉で、詐欺のマニュアルに落としこむ渡邊容疑者の聡明さに驚く。 なぜ「ギバーおぢ」や「マッチャーおぢ」が「頂かれて」しまうのか。「マニュアル」はそれぞれの男性の特徴をこう示している。 【ギバーおぢの特徴】 【マッチャーおぢの特徴】 基本的に人間は成熟とともに「テイカー」から「マッチャー」を経て「ギバー」になる。赤ちゃんは全員「テイカー」で、与えるという概念はそもそも持ってない。年齢を重ね、死が近づくにつれて所有の欲求は低下し、徐々に「ギバー」になっていく。この流れが自然だ。 誰もが年齢と共に価値観や行動は変化していくわけだが、この変化を説明するのに、分かりやすいのが「心理社会的発達理論」だ。 青年期12~20歳は「自分が何者か」に興味があって、恋愛も自分重視。 成年期20~40歳は「他者との親密さ」に興味があって、恋愛も相互関係重視。 壮年期40~65歳は「次世代への支援」に興味があって、恋愛も貢献度重視。 個人差はあるものの、概ねこういう傾向が出てくる。つまりおぢは、本能的に次世代を支援したくなる年代であり、「頂かれリスク」も高くなる。 恋愛で相互関係を重視する「マッチャー」を自分に都合の良い「ギバー」に育成し、既に恋愛で貢献度重視となっている「ギバー」はさらに強化するのがこのマニュアルの手法だ。 りりちゃんは実際の頂き手法を紹介する前に、「目標を立てよう」と言っている。 「具体的な目標を立てる」のは、多くの心理学分野で研究されてきた、モチベーションアップの手法で、行動に対する情熱を生む。また、これらの学問から、「結果=情熱×能力×情報」とも表現できる。「具体的な目標」は、情熱を生み、情熱は挫折しても立ち上がる力を生み、何度もチャレンジする力は、経験と熟達につながる。そして、経験と熟達が成功を生む。 彼女らの場合、「能力」は外見、メイクやファッション、そして性格だろうか。 「情報」は良い教科書、つまり「マニュアル」、そして共に詐欺を働く仲間からの情報だろう。 たとえば、医者になることひとつとっても、「なにがなんでも医者になってやる」という情熱が、狂気の長時間勉強を現実のものとし、ある程度の記憶力や理解力、良い教科書や教師、共に勉強する仲間も欠かせないし、協調してやっていく性格も必要だ。 何かを成し遂げるための方法論として、「まず目標を立てよう」という彼女の主張は非常に正しい。頂きに限らず、多くの分野でこの方程式は成り立つ。 「強い目標を立てた頂き女子」vs「なんとなく生きている孤独ギバーおぢ」 残念ながら、おぢは勝てない。 では、おぢは一生勝てないのか、といったらそんなことはない。孤独なギバーおぢから脱出し、情熱にあふれた人生を送る方法があるのだ。それは、たった一つの質問を自分にするだけでいい。 「あなたは、死ぬ時に何があれば笑顔になれますか?」 我々は肉体を持って生まれた以上、死から逃れることはできない。いずれ肉体は朽ち、この世を去る。死が近づく時、体は動かず、満足に話すこともできない。そんな時に、あなたを笑顔にするものは何だろうか。高級ブランド品だろうか。預金残高だろうか。もちろん人によって答えは違う。 ブランド品はブランド品で、皮の仕上げや、金属の仕上げ、デザインに人生を捧げた人たちがいたから成せる品物であって、好きなら買えばいいのだ。 預金残高が人生ゲームのスコアと思えば、誇らしい気持ちにもなるだろう。末期がんで死が迫るなか、家族そっちのけで株取引を続けた患者さんがいた。彼は最終的に100億円を残して死んだ。病床に家族は誰も来なかったが、彼は満足そうだった。 彼は、狂おしい程の情熱を持って、何かが好きなのだ。文字通り死ぬほど好きなのだ。ところが、通常、彼ほど夢中になれる事は見つからない。 日々、次から次へと押し寄せるタスクの波に対処している間に、年を取り、体は衰える。 気が付いたら、人生の目的はよく分からないまま、ただ惰性で生きるおぢになっている。 そんな時に出会った女の子が、夢を持っていて、困っている。 ああ、この娘を助けるのがオレの使命なんだ。きっとそうだ。 ついにオレは燃えるものを見つけた。なんという満足感と幸福感。 そう。幸せだから限界突破して、お金を差し出すのだ。 そして幻想の幸せは去り、貧困の現実と向き合う日が来る。 他人に与えられた人生の目的は儚い。 自分の人生の目的は、自分で見つけなければならない。 どのように? それが「あなたは、死ぬ時に何があれば笑顔になれますか?」という質問なのだ。 もちろん、すぐに答えなど見つからない。 毎日、寝る前の数分でいいから、考えてみてほしい。考え続けてほしい。 いつか必ず見つかる。 そして、その何かが見つかったら、それを手に入れるために、逆算して何年後にどうしていたらいいか、具体的な目標に落とし込む。 りりちゃんは「具体的な目標」からスタートした。 あなたは「人生の目的」からスタートするのだ。 もはやあなたは「孤独なギバーおぢ」ではない。 情熱的に人生を切り開く男だ。 死に様は生き様。 限りある人生、より良く生きて、より良く死ぬ、ためにも、たったひとつの質問を自分に投げかけてほしい。 取材・文:伊志嶺淳 いしみね・あつし 沖縄県宮古島出身。川崎医科大卒。「いしみねクリニック」院長。岡山市内で内科と精神科の臨床医療の経験を生かし、岡山市内で外来、訪問医療の両面から患者に向き合う。
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