「ハームリダクションで包摂的な社会をつくる」今こそメディアが果たすべき役割と議論の深め方
人の行動変容につながる2つの考え方
瀬尾: メディアの役割は本来そういうものですよね。多様な視点を取り入れながら、議論を進めていく立場にある。「依存症」や「生活習慣病」という言葉を1つ取ってみても、個人に責任があるように見えてしまいますが、本来は社会的な背景を含めて、多様な視点を取り入れることが大切です。 安田さんはアカデミズムの立場から、メディアで議論を深めていくにはどのようなアプローチが良いと考えますか? 安田: 本人の努力だけで何かを断つというのはなかなか難しいので、周りがどうサポートするか、社会がどう受け入れていくかということを考えていかないといけません。その意味で経済学者としてすぐに思いつくのは、人の行動変容には①インセンティブ②ナッジ──の2つのチャネルがあるということです。 1つ目のインセンティブは、価格を変えることが人の行動変容に強く結びつくということです。今日の議論でも安いストロング系缶チューハイの話や税率改定の話が出てきました。一方で、税の視点だけをみると、酒税やたばこ税の増税といった話にいきがちですが、健康被害や社会的包摂の視点も取り入れないといけないと、別の害を生んでしまう懸念が出てくるわけです。つまり、メディアは多角的な視点で議論の材料を提供することが肝要です。 2つ目のナッジは、英語で「軽くつつく、行動をそっと後押しする」という意味。行動変容を誘発するような仕掛けを導入しようとする考え方です。 たとえば我が家には、一振りあたりの出る量が少ない食卓塩があります。これは塩分の過剰摂取を防ぐ上でとても有効なものです。塩を取るなとは言わないものの、量をコントロールできるからです。 要は、「ちゃんと塩味のあるものを食べることができるけれど、取り過ぎは抑えられる」という本人の選択の自由を侵害しない形で、健康につなげることができるわけです。 このようにインセンティブとナッジ的なものを併用しながら、ハームリダクションの流れを広めることが大切だと思います。メディアも社会経済的な様々な視点を持ちながら報じる必要があるでしょう。