四日市 ひげのおっさん営む書店に大物作家が訪れる理由
三重県四日市市にある「メリーゴーランド」という書店をご存知だろうか。各駅停車の普通列車しか停まらない立地ながら、全国から本好きが集い、毎月行われているレクチャーには谷川俊太郎、江國香織、荒井良二といった錚々たる豪華メンバーが参加。なぜ、そのような著名作家がこの書店に集まるのか。「ひげのおっさん」の愛称で知られる店主に理由を聞いてみた。
人気本でも読んで納得しないものは置かない
同市の近鉄湯の山線・伊勢松本駅近くに今年7月7日、めでたく40年を迎える子どもの本専門店「メリーゴーランド」がある。店主の増田さんは「ひげのおっさん」の愛称で知られ、書店に訪れる子どもたちと一緒に本を読むだけでなく「あそびじゅつ」というイベントで一緒に昆虫を捕ったりカヌー遊びをしたり、雪山を訪れたりと忙しい。新聞や雑誌で連載をもち、絵本関連の講演にも呼ばれるなど、絵本界では名の知れた人物だ。 今でこそ全国から客が訪れる人気の書店であるが、始まりはピンチの連続だった。駅前ではあるが、その駅には各駅停車の普通列車しか停まらない。現在は住宅や店舗が建ち並んでいるものの、当時は田んぼのど真ん中だったという。立地条件が不利な分売れ筋の雑誌も置くよう薦められたが、それをすれば「ただの本屋」になってしまう。増田さんは店に並べる本に一切の妥協を許さなかった。 「発行部数が多い人気本であっても、読んで納得しないものは置かない」増田さんの心に決めた本屋像は明確だった。そして、前に進めば進むほど次々にその厳しい道のりを応援する人が現れ、「メリーゴーランド」はいつしか、本を愛する人が集う場所となっていた。
レクチャー講師は「友達」の谷川俊太郎さんら
3年目を迎えた時、開店3周年を記念したレクチャーを開くことにした。後に毎年開催することになるが、その講師陣には初回から大物、谷川俊太郎の名前が。大手書店の講演でも断ることがある谷川が、初回から参加してくれたのだ。 しかし、150~200人は入る部屋に集まったのは40人。「申し訳ない」と増田さんが謝ったら「何人だって来るよ。君は友達だから」。その時、二人は初対面。「なぜですか」との問いに対して「だって手紙をくれたじゃないか」。増田さんは店を始める前から谷川にファンレターを出していた。いや、正しく言えばファンレターではない。なぜ、この言葉を選んでいるのか、おかしいではないか、など増田さんいわく文句の手紙だ。 返事が来たことは一度もなかったが、谷川はその手紙を読んでいた。手紙をくれた増田さんは “友達”。だから、レクチャーのオファーに快諾し、その後毎年参加している。 次に江國香織。デビューのきっかけである童話大賞の選考委員を増田さんが務めていたのが始まり。大賞を受賞する前に、惜しくも選考外となってしまった作品を増田さんは印象的でよく覚えていたという。世に出ていない自分の作品に対してしっかりとした見解をもち読んでくれていた増田さんのオファーを、江國は快く引き受けた。 そして、児童文学賞、アストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞した人気の絵本作家、荒井良二。デビュー前から「メリーゴーランド」を知っていたため、増田さんの依頼を喜んで引き受けたという。各地の講演で一緒になる縁もあり、即興で“スース―とネルネルズ”という音楽ユニットを組んで限定CDを出すまでの仲に。児童文学賞受賞時には一緒にスウェーデンを訪れるほど交流は深い。 増田さんは次々に自分が来てほしいと思う人に手紙を書いたという。その結果、先に紹介した3人だけでなく、児童文学作家の今江祥智、灰谷健次郎、詩人の茨木のり子、絵本作家の五味太郎や長新太、心理学者の河合隼雄、イラストレーターの宇野亜喜良など他にも錚々たるメンバーが「メリーゴーランド」のレクチャーに参加。約束したが来られなかった人の中には、なんと手塚治虫の名前も。 本を心から愛し、無我夢中で理想の書店を作ろうとしている、しかもなぜか拳法の達人でもあるという風変わりなひとりの“おっさん”。彼を応援しようと、想像をはるかに超える豪華メンバーが四日市の小さな書店に集った。