なぜスターバックスの「急激な拡大」は失敗に終わったのか…成長を一直線に目指した企業の末路
企業や事業の規模拡大を急速に推し進める際には何に気をつけるべきか。コラボレーティブ・ファンド社パートナーのモーガン・ハウセル氏は「スターバックスは、次々と店舗をオープンさせて、成長目標を達成しようと必死になるあまり、合理的な分析がおろそかになった。規模の拡大を推し進めれば、収益は増大するかもしれないが、失望する顧客が急速に増える」という――。 【図表をみる】アメリカ株式における「プラスのリターン」を得られた「保有期間」の割合 ※本稿は、モーガン・ハウセル(著)、伊藤みさと(訳)『SAME AS EVER この不確実な世界で成功する人生戦略の立て方』(三笠書房)の一部を再編集したものです。 ■身の丈に合った規模とスピードを超えないこと 「9人の女性を妊娠させても、一カ月で赤ん坊は生まれない」と、かつてウォーレン・バフェットは冗談を言ったことがある。 これは冗談だが、驚くことに、人間はしばしば処理が追いつかないほどプロセスを速めようとする。 人は価値あるもの、特に儲かる投資や特別なスキルなどを見つけると、「素晴らしい。だが、それをもっと早く手に入れることはできないのか?」と訊いてしまいがちだ。もっと強硬に推し進められないか、規模を倍にできないか、もっと搾り取れないか、と。 ごもっともな質問なので、訊いてしまうのも無理はない。 人は長らく、価値あるものを無理に推し進めたり、手っ取り早くなんとかしようとしたり、多くを求めすぎたりしてきた。 しかし、たいていのものには身の丈に合った規模とスピードがあり、それを超えて無理をすると逆効果になる。
■スターバックスの蹉跌――「無謀な拡大」の末路 投資とは、要約するとこういうことになる。株は長い目で見れば大金を払ってくれるが、早い支払いを求めると罰金が科される。 図表1のチャートは、株式の保有期間に基づき、アメリカ株式市場がプラスのリターンを生み出してきた頻度を示している。 このチャートから一つ読み取れるのは、投資には「最適な」期間があるということだ。それはおそらく、十年かそれ以上のようだ。そのくらいの期間になると、市場はあなたの辛抱にほぼ確実に報いてくれる。投資期間が短くなればなるほど、あなたは運に頼ることになり、破滅を招く。 歴史上の投資の失敗を見ていくと、そのうちの実に90パーセントが、この「最適な」投資期間を投資家たちが縮めようとした結果であるのがわかる。 企業でも同じことが起こる。 スターバックスは、創業23年目の1994年の時点で、425もの店舗を展開していた。1999年には、625店舗を新規オープン。2007年には、年間2500店舗を次々とオープンさせた。つまり、4時間ごとに新しいコーヒーショップが誕生していたことになる。 やがてスターバックスは、成長目標を達成しようと必死になるあまり、合理的な分析がおろそかになっていった。いつしか飽和状態に陥り、好況下にもかかわらず、既存店の売上高伸び率は半減した。スターバックスの失態は、物笑いの種となった。 スターバックス創業者のハワード・シュルツは、2007年に執行役員に向けてこんなことを書いている。 「1000に満たない店舗を1万3000店舗まで拡大するために、一連の決断をしなければならなかった。今思えば、それがスターバックスが積み上げてきた経験をふいにする結果につながってしまった」 2008年、スターバックスは600店舗を閉め、1万2000人の従業員を解雇した。株価は73パーセント下落。この数字は2008年の水準からしてもひどいものだった。 ■急速に顧客を拡大させた企業は、急にお金を持った子どもと同じ シュルツは、2011年の自著『スターバックス再生物語 つながりを育む経営』(月沢李歌子訳、徳間書店)の中でこう述べている。 「今や誰もがよく知ってのとおり、成長とは経営戦略ではない。具体的な戦術である。規律なき成長が経営戦略となったとき、我々は道を見失った」 スターバックスには、スターバックスに見合った最適な規模があった。それは、どんなビジネスにもある。 それを超えて規模の拡大を推し進めれば、収益は増大するかもしれないが、失望する顧客が急速に増えることに気づくだろう。 このことをとてもよく理解していたタイヤ王のハーベイ・ファイアストーンは、1926年に次のように書いている。 一度に顧客を獲得しようとしても損をするだけだ。第一に、そもそも獲得できないから、かなりの資金が無駄になる。第二に、たとえ獲得できたとしても、供給が追いつかない。 第三に、たとえ獲得できたとしても、すぐに離れていってしまう。急速に顧客を拡大させた企業は、急にお金を持った子どもと同じような行動をする。