「あと生きられるのどのくらい?」胆のうがんで亡くなった母のバッグから出てきたもの
子どもたちには伝えずに……と考えていたものの、家族全員のサポートは必要不可欠だった。浩徳さんからそれぞれにがんのことを伝え、2022年6月には浩徳さんの還暦祝いも兼ねて、思い出づくりに家族旅行へ出かける。
精神面のサポートもとても重要
しかしその後、伊鈴さんの体調は一気に悪化していった。 「旅行の時は、歩いたり階段を上ったりすると少ししんどいという程度でした。でも7月を過ぎると次第にやせ細り、がんの末期症状で腹水がたまってお腹がパンパンに膨らみ、歩くのも大変になって。肺や胃が圧迫され、呼吸や食事、睡眠もひと苦労だったんです」 8月末に病院へ行くと、浩徳さんは担当医からもう1か月ももたないだろう、と告げられてしまう。 「部屋を出て、妻から先生と何を話したの?と聞かれても、余命のことは言えませんでした」 しかも医師からはコロナ禍で、このまま入院したら最期まで会えなくなるからと在宅医療をすすめられたという。 「自宅で看取るなんて、それまで考えたこともありませんでした。でも入院して会えなくなるくらいなら自宅で子どもたちと一緒に家族で過ごしたい、という一心ですぐに話を進めました」 その日、子どもたちに伊鈴さんの余命を伝えると、夜遅く布団から健渡くんの嗚咽が漏れ聞こえていた。 2022年9月8日、自宅療養をスタートした伊鈴さんのもとを訪れたのが、訪問診療医の瀬角英樹先生だ。そもそも訪問診療医とは何なのか。 「訪問診療の目的は、医師や看護師、ケアマネジャーがチームとなって、患者さんの身体的なつらさをはじめとした苦痛を軽減すること。処置に関しては、大きなリスクがなければ自分の責任でできる限りのことを行うようにしています」(瀬角医師、以下同) 瀬角先生のクリニックでは、140人ほどの患者の訪問医療を担当し、終末期の患者はそのうち10人程度。もとは消化器内科の専門医として病院に長年勤務し、がん終末期の患者も数多く担当した。 「医療面のサポートはもちろん大事ですが、精神面のサポートもとても重要だと考えています。何より自宅ではすべてが自由。病院では病院のルールの中で過ごさなくてはいけませんが、自宅なら何をしても何を食べてもいいし、飲みたければお酒を飲んでもいい。だから僕は初めて訪問する日に、もうあなたは自由だから何をしてもいいですよと伝えます。すると表情がやわらかくなるんです」 そして残された最後の時間に、本人や家族の希望を叶える手伝いをするのだという。 「そのためには本人や家族との信頼関係を築くことが重要。訪問する時はそのおうちの雰囲気や空気感を感じ取って、考えながら話すようにしています。そして、たとえ死が迫った状況でもユーモアを忘れずにその場を和ませる対応を心がけています。三嶋さんのご家族は、伊鈴さんご本人がとても明るい方で、僕とのやりとりも楽しんでくれて。初日から笑いが絶えませんでした」 実際、在宅医療に不安を感じていた浩徳さんだったが、瀬角先生が和やかな雰囲気をつくってくれたため、すぐに打ち解けられた。その後も訪問医療チームの手厚いサポートで、三嶋家は安心して伊鈴さんを見守ることができた。 「訪問診療は週に1度の予定でしたが、何か起きたらすぐに訪問看護ステーションへ電話します。すると看護師さんが5~10分くらいで駆けつけてくれて、状態を見ながら先生の指示で処置をしてくれる。もちろん必要な場合は先生も駆けつけてくれます。排泄処理までしてくれて、本当に感謝しています」(浩徳さん)