食文化の多様性を伝える「なんちゃって日本食」の可能性
2016年までイタリアですし職人をしていた田中敏行さん(現在はクアラルンプールの高級日本料理店「金目鯛」の料理人)は、ご当地の日本食事情をこう語っている。 「日本食の人気が高まっているフランス・パリと比べ、イタリアは日本料理と中華料理の線引きが曖昧で、“アジアンフード”とひとまとめで認識している人も多いのです」 “なんちゃって化” する背景については、「基本的にEUは輸入制限が厳しく食材の調達が難しいため、本格的な日本料理を提供するのが難しい事情もあります」と教えてくれた。
日本に根付いた“なんちゃって”中華
現地の人たちにとって、日本の「本家本元」の味は受け入れにくいものなのだろうか。2010年代半ばに、国際交流基金に派遣されてバングラデシュのダッカ大学で教鞭を執った社会学者の倉沢宰(さい)氏はこんなエピソードを語ってくれた。 「日本の食文化を世界に広めようと、現地の日本大使館が50人近い地元名士を招いて日本食を振る舞う会がありました。招待客はだしを中心とした健康的な料理を『おいしい、おいしい』と絶賛していましたが、本音は少し違ったようです。スパイス文化のバングラデシュでは、いまひとつ物足りない味に感じてしまう―それが、私が耳にした率直な感想でした」 日本人としては、「なんちゃって日本食」につい物申したくなるが、翻れば日本こそ、世界中のあらゆる料理を日本人好みにアレンジする“なんちゃって料理天国”だ。 例えば「中華料理」と言えば、天津飯や中華丼を思い浮かべる日本人は少なくない。だが、中国人に言わせれば「あんな料理は中国に存在しない」。先日も都内在住の中国人ビジネスマンから、「八宝菜や回鍋肉(ホイコーロー)は、材料も味付けも中国の本場のものとは全く違う」と指摘された。 同様に、「なんちゃって日本食」は、確かに“ホンモノ”とは大きくかけ離れているかもしれない。「日本食が誤解される」と懸念する声もある。だが、現地の人々が好むどんなメニューに生まれ変わったのかを通じて、異文化受容が目に見える面白さがある。インバウンド戦略や海外でフードビジネスを展開する際の大きな手がかりになるはずだ。
【Profile】
姫田 小夏 ジャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。都内の外国人留学生のサポート活動をしながら、中国やアジアを身近に捉える取材に取り組む。中国ウオッチは25年超、中国滞在経験も長い。著書に『インバウンドの罠』(時事出版)、『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)、『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)ほか。