駐中国大使が離任…「残した言葉」を東アジアウォッチャーが読み解く
異色のチャイナ・スクール
先ほど、垂大使を「チャイナ・スクール」と紹介したが「異色のチャイナ・スクール」でもある。というのも、赴任地は中国、香港、台湾と中華圏のみ、合わせて7回目。ふつう、外務省のキャリア官僚なら、チャイナ・スクールであっても、欧米などで勤務する。だが、垂氏は中華圏一本だ。 そういう異色の経歴に加え、自ら動いて、赴任先で人脈を築き上げるタイプだ。時として、中国側からは警戒もされてきた。本人も「中国を、中国人を誰よりも知っている」という自負を持っているはずだ。だから、従来の大使にはあまり見られなかった発言も飛び出すのだろう。 それを証明するように、垂大使は北京に赴任する直前、2020年10月に、経済専門誌の『東洋経済』のインタビューを受けている。一部を紹介したい。 「例えば香港問題、南シナ海問題、ウイグル問題などについて、われわれは主張すべき点ははっきり主張していく。そのためには安定した、率直に話し合える関係を構築しておかないと相手にメッセージが届かない。言うべきことは主張する、譲歩できないところは絶対譲歩しない。一方で協力できるところがあれば、協力していく」 「中国共産党が政権党であるとしても、それに批判的な大学教授や弁護士などもいるわけで、そうした意見もしっかり聞いたうえで、中国社会がどの方向に進もうとしているかを理解するのがとても大事だ。そういう人たちに『日本はこういう国だったのか』と再発見してもらう、手伝いをしていくことも必要だろう」 垂大使が北京での在任中の2022年は「日中国交正常化50周年」だったが、やはり日中関係は低空飛行だった。しかし日中間には「戦略的互恵関係」を築いていくという、大きな約束ごとがあるはずだ。 2006年10月、首相に就任したばかりの安倍晋三氏が中国を訪問し、当時の胡錦涛主席との間で決めた、会談後の共同文書の中には「日本と中国がアジアや世界に対して責任を負い、国際社会に一緒に貢献していこう」「共通の利益を拡大し、日中関係を発展させよう」という言葉がある。 実は、垂氏はこの安倍訪中の事務方として、この「戦略的互恵関係」というワードをつくったメンバーの中心にいた。日中関係は政治的な問題が起きると、ほかの分野の交流や協力にまで影響が及んでしまう。それだけに、冷え切った今こそ、この「戦略的互恵関係」の意味を、お互いかみしめるべきだと考えているのではないか。