「ASEANで日本はEV出遅れ」はウソ 中国勢を待つ「現地生産」という義務
輸入関税ゼロのカラクリ、タイ政府の思惑
昨年1~9月、タイでのBEVの新規登録台数は5万347台と、前年同期比で8.5倍に増えた。最大の理由は中国製BEVの輸入関税がゼロになったことだ。タイと中国は2国間のFTA(自由貿易協定)があり、中国製電動ゴルフカートは関税ゼロで輸入されていた。中国がこれを拡大解釈し「BEVも関税ゼロでいいはずだ」と言い出し、タイ政府がこれに同意した。 もともと上海汽車と長城汽車は中国に車両工場を持っていたが、哪吒汽車も組立工場(ほとんどの部品を中国から輸入するセミノックダウン)を開設、ほかの中国OEMも工場建設を計画している。その理由は「関税ゼロでBEVを輸入したOEMは、一定期間内にタイ国内で同数のBEVを生産しなければならない」とタイ政府が決めたためだ。 タイ財務省は今年1月「来年末までBEV完成車輸入の関税を中国、日本、韓国製についてはFTA締結国待遇で0%、FTAを締結していない米国と欧州については40%とする」と告示した。また、2023年中にゼロ関税で輸入し販売したBEVは、2024年中にタイ国内で「最低1台」を生産(ノックダウン組み立ても可)しなければならず、この条件を満たさない場合はBEV補助金の返還(1台当たり7~15万バーツ)を求めることも決めた。 さらに、2024年中にゼロ関税で輸入したBEVについては「販売した台数の2倍を2026年中にタイで生産(販売ではない)すること」が、ゼロ関税の恩典を受けるための条件である。台数2倍はハードルが高い。そして、もし2026年中に生産開始できず2027年1月1日以降の生産開始になると、2024年輸入台数の3倍を生産しなければならない。 中国製BEVがタイで売れた理由と、中国OEMがタイにBEV工場を相次いで建設する理由は、ここにある。関税ゼロはOEMに対する「補助金」だが、受け取るには条件がある。一方、BEV購入者にも補助金は支払われるが、タイ財務省筋は「補助金は定額予算であり、無限ではない」と言う。 タイ政府が掲げる政策は現実的だ。2030年には国内の総生産台数のうち30%をHEV(ハイブリッド車)とBEVとPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)にするという「30@30」政策である。BEVだけではなくHEVが含まれていることと、タイ生産車を海外に輸出したいタイ政府の目論見から30%は「販売台数」ではなく「生産台数」であることが特徴だ。 すでにタイは自動車輸出国であり、国内で販売される台数の2倍以上を生産している。ASEAN(東南アジア諸国連合)ではタイが最大の自動車輸出基地である。しかし、この地位をインドネシアが狙っており、BEV生産のハブを目指して現代(ヒョンデ)自動車や電池メーカーのSKオン、サムスンSDIといった韓国企業を誘致した。タイはこれに対抗するため、中国OEMに「BEV生産拠点をタイに作るきっかけ」として関税ゼロ化を実施したのである。 タイのセター首相は昨年、米・テスラを訪問し工場誘致の意思を伝えた。一方テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は「東南アジアに工場を建てるならインドネシア」と発言したことがある。テスラ誘致策はすでに始まっている。 日本勢はHEVをタイで生産拡大する。今年に入って三菱自動車は、タイで「エクスパンダー」「エクスパンダークロス」のHEV生産を立ち上げた。すでに「アウトランダーPHEV」を生産しており、電池セルを日本から輸入しタイで電池パックに仕上げている。「エクスパンダー」用も同じ電池セルを使う。 タイにBEV工場を建てると決めた中国OEMは、今年もタイ向けのBEV完成車輸出を続けるだろう。タイの工場で生産したBEVは輸出することもできる。タイ国内で販売しなければいけないという決まりはない。 しかし、ほかのASEAN諸国がアセアン域内の貿易協定であるATIGA(物品貿易に関する基本的協定)をタイからのBEV完成車輸入にそのまま当てはめるかどうかには疑問が残る。タイとインドネシアが繰り広げるBEVハブ競争のように、ASEANという枠組みと各国の「政策」や「思惑」は別モノだ。
牧野 茂雄