俳優・河合優実の演技の魅力を映画ライター・イソガイマサトが分析「演じることに何よりも喜びを感じてどんな役でもとことんのめり込み、その人になりきる」
若手の中でも屈指の名演技を見せ、映画界ではすでにその存在が重要視されている俳優・河合優実。日本映画専門チャンネルでは、最新作『あんのこと』(6月7日(金))の公開を記念し、河合優実の特別番組をはじめ『サマーフィルムにのって』(2021)、『PLAN 75』(2022)、『女子高生に殺されたい』(2022)、『愛なのに』<R-15>(2022)といった出演映画4本を、6月5日(水)&6日(木)に特集放送する。若手の演技派として注目を浴びている河合優実の俳優としての魅力を、映画ライターのイソガイマサトさんに分析してもらった。 【写真を見る】『サマーフィルムにのって』(2021) 宮藤官九郎がオリジナル脚本を手掛けたドラマ「不適切にもほどがある!」(2024年、TBS系)で主人公・市郎(阿部サダヲ)の娘・純子にふんし、昭和のスケバンをあのころの衣装とヘアメークでなりふり構わず快演! そのはじけまくった演技で視聴者の目をくぎ付けにし、一気に注目を集めた河合優実。 あの純子役で彼女のことを初めて知った人も多いだろうし、現在放送中の深夜ドラマ「RoOT/ルート」(テレビ東京系)のクールな探偵にふんした河合に魅せられた人もいるだろうが、現在23歳の河合は映画ファンの間ではすでにかなり知られた存在で、数々の話題作に出演している。 そんな河合優実の初期の代表作が、数々の映画賞の新人賞に輝いた2021年の『サマーフィルムにのって』。映画制作に挑む女子高生たちの姿を『時をかける少女』を想起させるSF的な要素も絡めて描いた青春映画だが、河合は本作で、時代劇オタクの主人公・ハダシ(元・乃木坂46の伊藤万理華)の幼なじみで、劇中では撮影を担当する、引っ込み思案のメガネ女子・ビート板になりきっている。 ビート板はいつもおどおどしていて思っていることをなかなか口に出せないし、未来人の凛太郎(金子大地)にひそかに思いを寄せながら、彼を自作の主人公に起用したハダシが自分と同じ気持ちでいることを知って、そっと身を引き、彼女の背中を押す。そんなけなげな役どころだけに、劇中の映画で使う城のジオラマを作るときや、撮影がテンポよく進み出したときの瞳の輝きが逆に際立つ。目だけでチラっと横を見る視線の動きも最高で、ビート板の心の動きを伝えるその抑えた芝居が強く印象に残る。 『女子高生に殺されたい』(2022)でも、河合はどちらかというと影が薄く、体調を崩して保健室にいることが多い女子高生のあおいを演じている。だが、『ライチ☆光クラブ』『帝一の國』などの古屋兎丸の同名コミックを映画化した、この作品の彼女の役割は『サマーフィルムにのって』のビート板とはまるで違う。 「女子高生に殺されたい」というゆがんだ欲望を抱いた高校教師・春人(田中圭)が、9年間にわたって綿密に練り上げてきた自分殺害計画を実行に移す本作。春人がどの女子高生にいつ殺されたいと思っているのか? ターゲットと思われる複数の生徒が次々に提示され、それを予想しながら観るミステリー仕立ての構成も面白いが、親友の真帆(南沙良)に見守られながらいつも保健室にいるあおいは一番目立たない。だが、地震を感知する不思議な能力を持ったそんな彼女こそが本作の鍵を握っている。真実を語るときの河合の繊細な表情の変化、それまでとは違う行動を見せるクライマックスの彼女に圧倒されるに違いない。 同じ女子高生でも、『愛なのに』(2022年)で演じた岬は、前出の2作のふたりとはまるで真逆のキャラだ。何しろ、古本屋の店主・多田(瀬戸康史)にひと目ぼれした彼女は、年齢が一回り以上離れた彼に「好きです。結婚してください」と告白し、断られても断られてもガンガン店に通い続け、毎日のように求婚の手紙を渡すのだ。 そんなピュアな岬と多田とのやりとりがどこかほほ笑ましくて、河合の真っすぐな芝居と彼女が口にする意外に正論なセリフの数々が観る者をほっこりさせる。特に多田が何げなく口にした言葉を聞いて「好きな人からそんなこと言われたら、ムカつきません? 悲しくなりません?」と言ったときの憂いの表情、最後に見せるくったくのない笑顔は印象的。ふたりのその後を知りたくなってしまう。 そして、第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門カメラドール特別表彰を受賞した早川千絵監督の長編デビュー作『PLAN 75』(2022)で、河合の卓越した演技力が世界的に注目を集めることに。本作は近未来の日本を舞台に、75歳以上が自らの生死を選択できる制度「プラン 75」が施行された社会に翻弄される人々を描いたヒューマンドラマ。彼女が演じた瑶子は死を選んだ高齢者をその日を迎えるまでサポートするコールセンターのスタッフだが、「プラン 75」の申請を検討し始めた78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)と電話で話すうちにその制度に疑問を抱き始め、彼女と規定違反の1日を過ごしながら心をさらに揺らし始める。 要は、この作品を観る人たちの目線になる存在。瑶子の葛藤と苦悩を伝える複雑に変化する表情に私たちも自分の気持ちを重ね、多いに考えさせられることになるのだが、それもまた、役に寄り添う河合の言動のすべてにうそがないからだ。 そこに関して彼女は一貫している。河合優実に誰もが魅せられるのは、映画が大好きで、演じることに何よりも喜びを感じている彼女がどんな役でもとことんのめり込み、その人になりきるからだろう。この後も、現実に起きた事件がモチーフの『あんのこと』(6月7日(金)公開)では最悪な状況からはい上がろうとするヒロインをボロボロになりながら熱演! 今年のカンヌ国際映画祭の監督週間がワールドプレミアになる主演映画『ナミビアの砂漠』も控えている。 特に後者は、河合が俳優になるきっかけを作った「あみこ」(2017)の山中瑶子監督と、運命的な初タッグを組んだ話題作。ますます注目されるのは間違いないので、この機会に、河合優美の過去の代表作もしっかり押さえておくといいかもしれない。 (プロフィール)イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。
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