NATOの拡大で変わる欧州の安全保障と日本が考えるべきこと/遠藤乾氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)
昨年のフィンランドに続き、スウェーデンが今年3月7日、NATO(北大西洋条約機構)に加盟した。200年以上も非同盟中立を守ってきたスウェーデンの方針転換はヨーロッパの安全保障のあり方を根底から変えるかもしれない。 元々ロシアのプーチン大統領にとって、ウクライナへの軍事侵攻はNATO東方拡大への対抗の意味合いを持っていた。しかし、結果的に侵攻によってNATOが益々拡大することになった。遂にNATOという軍事同盟は、フィンランドの1,500キロに及ぶロシアとの国境を隔てて、ロシアと直接向き合うことになってしまった。 東京大学大学院法学政治学研究科教授でヨーロッパの安全保障に詳しい遠藤乾氏は、ロシアによるウクライナ侵攻がなければスウェーデン、フィンランドがNATOに加盟することはなかったという意味では、ロシアのオウンゴールのようなものだという。その上で、ロシアと近接しながらこれまでNATOには加盟せずに「ノルディックバランス」を保ってきた両国が加盟に踏み切った最大の理由は、ウクライナに対するプーチンによる核の脅しだったという。核兵器の使用も辞さないプーチンの姿勢を目の当たりにして、もはやNATOの核の傘に入らなければ自国の安全を保てないとの確信を得たことが、NATOへの加盟を後押ししたと遠藤氏は指摘する。 結果的にスウェーデンとフィンランドがNATOに加盟したことにより、バルト海はNATO加盟国に取り囲まれることになった。これまではEUには加盟してもNATOとは一定の距離を置いてきたスウェーデン、フィンランドの両国がNATOに加盟したことで、EUとNATOの版図がほぼ一致することになり、結果的に東西の境界がより鮮明になった。また、NATOという軍事同盟がNATOを脅威に感じるロシアと直接向き合うことになったことで、自ずと欧州の軍事的緊張は高まることが避けられない。 さらにここに来て大きな問題となっているのが、NATOの盟主であるアメリカが果たしてNATOにとどまり続けるかどうかが怪しくなっていることだ。11月の大統領選挙で実際に再選される可能性が出てきているトランプ前大統領は、度々NATOからの脱退も仄めかしてきた。NATOというアメリカを中心に形成された同盟体制が、スウェーデンとフィンランドの加盟でより盤石になったように見えても、アメリカが抜けてしまえば、すべての前提が崩れてしまう。 遠藤氏はアメリカ抜きのNATOで各国が足並みを揃えてロシアに太刀打ちすることは難しいだろうと語る。アメリカの動静次第では、欧州の安全保障が第二次大戦後もっとも視界不良な時代に突入する可能性が出てきているのだ。 一方で、今週、訪米中の岸田首相が米連邦議会で演説を行ったが、その中で首相は、日本がアメリカと肩を並べて世界秩序の維持に邁進する覚悟があると大見得を切った。また、日本はグローバルな秩序の維持にもアメリカと一緒になって取り組むとまで約束している。国賓待遇で歓待してくれているアメリカへのリップサービスの面があるにしても、いつ日本はそんなことを決めたのだろうか。そもそも憲法の制約がある中で、そんな空手形を切って大丈夫なのか。バイデン大統領から日本が最重要な同盟国などと持ち上げられて喜んでいる首相のはしゃぎ過ぎが心配だ。 欧州の安全保障も東アジアの安全保障も、結局のところ20世紀の大半で圧倒的な優位性を誇っていたアメリカの力が相対的に落ちているところに問題がある。そうした中で日本は引き続きアメリカ一辺倒の外交政策を続け、かつてアメリカが果たしてきた軍事的な役割を世界規模で肩代わりするところまでやるつもりなのか。その力が日本にあるのか。それが日本の真の国益に適うことなのか。今一度厳しく検証する必要があるだろう。 中立を保ってきた北欧諸国が軍事同盟に参加することで欧州の軍事バランスはどう変わるのか。「もしトラ」が実現しアメリカが再び極端な孤立主義路線に転じた時、欧州や日本の安全保障はどうなるのかなどについて、東京大学大学院法学政治学研究科教授の遠藤乾氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 【プロフィール】 遠藤 乾 (えんどう けん) 東京大学大学院法学政治学研究科教授 1966年東京都生まれ。89年北海道大学法学部卒業。92年ベルギー・ルーヴァン・カトリック大学修士課程修了。96年英オックスフォード大学政治学博士課程修了。政治学博士。米ハーバード法科大学院研究員、仏パリ政治学院客員教授、北海道大学教授などを経て2022年より現職。著書に『欧州複合危機』、『統合の終焉 EUの実像と論理』など。 宮台 真司 (みやだい しんじ) 社会学者 1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 神保 哲生 (じんぼう てつお) ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹 1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(ベーシックプラン月額550円・スタンダードプラン1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)