なぜ履正社は星稜・奥川の攻略に成功したのか?
岡田監督は、この日、奥川対策に「ボールを捨てるということをきっちりやりなさい」と、低めの変化球に手を出さない戦術を徹底した。選球眼こそが、奥川を9イニングかけてジワジワと追いつめていく生命線だと考えていたのである。 3-3の同点で迎えた8回が、その奥川攻略の象徴だった。 先頭の左打者、内倉一冴が6球ものファウルで粘ってタイミングを合わせながら、外のスライダーを片手で右中間へと運ぶ。岡田監督が徹底した選球眼が生きた打席だ。 ベンチのサインはバント。三塁へ送る難しいバントだが、西川黎がしっかりと決める。5試合連続2桁安打の攻撃力ばかりが強調されるが、手堅いバントが履正社イズムである。 一死三塁から打席には、キャプテンの野口海音。1球目、外のスライダーを見逃した。岡田監督の指示を守った。そして次の151キロの高く浮いたストレートを芯で捉えた。センター前へ勝ち越しのタイムリー。さらに野上聖喜が動揺の見える奥川を揺さぶるようなセーフティー気味のバントで走者を二塁へと送った。二死二塁で打席には途中から救援登板した2年生投手の岩崎峻典。奥川にとっては、抑えなければならない打者だったが、岩崎もまた「ボール球を捨てる」の鉄則を守り、1球目の外のスライダーの釣り球に手を出さない。そして続く148キロのこれまた高めの甘いストレートをレフトへと引っ張った。貴重な5点目がスコアボードに刻まれた。 彼らは「取り組んできたことが出せた」と声を揃えた。 終わってみれば11安打で5得点。三振は6つしか許さなかった。 履正社は春の屈辱を努力によって力に変えてリベンジを果たした。 春夏の再戦は、この試合を含めて過去に39回あり、リベンジを果たしたのは半分に満たない14度目。それだけ困難な偉業を成し遂げたのである。 試合後、奥川は「履正社打線の圧が凄かった」と6試合連続の2桁安打をマークした履正社に敬意を表した。 場内での優勝監督インタビューで岡田監督はガラガラの声でこう明かした。 「奥川君にチームを大きくしてもらった。奥川レベルを打てるように練習してきた成果を出してくれた。本当にうれしい」 そして「よくここまでやれた」と続けて涙ぐんだ。 初戦から霞ヶ浦(茨城)の鈴木寛人を攻略。その後も津田学園(三重)の前佑囲斗、高岡商(富山)の荒井大地、明石商(兵庫)の中森俊介と、プロ注目の好投手を次々と打ち崩し、最後は奥川と北陸の夢を打ち砕いた。その実力は決してフロックではない。 最後に。 場内で行われる恒例の優勝インタビューには、主将の野口と逆転3ランを放った井上の2人が呼ばれた。だが、勝者へのリスペクトのないインタビュアーは、「井上君! 奥川投手は、やっぱりすごいピッチャーでしたか?」と第一声。どう答えればいいか困った井上は、そこで黙ってしまった。本来ならば、あの逆転3ランを打ったときの心境をストレートに聞くべきだったのだろう。 その井上の異変に感づいたインタビュアーは「失礼しました! 奥川投手は素晴らしいピッチャーでしたか?」とさらにKYな質問。 井上は「素晴らしかった」とひとことだけ答えて苦笑いを浮かべた。そして「星稜高校を褒めてやって下さい」と、これまた奇妙なインタビューをされて「お互い全力を出しきった結果、自分たちが勝っただけなのでうれしいです」と大人の対応をした。 ネットでは、このインタビュアーの質問の仕方を巡って批判が殺到、炎上騒ぎになっているが、主役は、栄冠を手にした選手であり、インタビュアーではない。ましてプロ注目の奥川一人の決勝戦でもなかった。5か月越しの奥川攻略を見事に果たした履正社の勝利こそが称えられるべきであった。