「マスメディアから黙殺された」オウム真理教を描いた映画監督の、“タブー”を世に問う執念の軌跡
他者への不安と恐怖が増大する社会で
映画『A』でドキュメンタリー映画監督となった森達也には、最新作『福田村事件』に至るまで、貫かれた信念がある。 「オウム事件にしろ、佐村河内守のゴーストライター騒動を描いた『FAKE』、そして『福田村事件』でもメディアや民意は必ず一方向に向かって暴走を始める。そんな世の中に異議申し立てをする。それが森さんの作品に貫かれているポリシーではないでしょうか」 と、前出の大島は言う。大島の言葉を森自身は、こう説明する。 「シマウマや鹿などの草食動物は、天敵である肉食獣のように爪や牙を持たないから群れをつくる。危険に対して敏感に反応しなくてはならないから、草食動物たちの群れは、事あるごとに暴走してしまいます。 肉体的に弱い人類もやはり群れで暮らすことを選びました。さまざまな道具や武器を手にして人類は地球上最強の動物になりましたが、強い警戒心が遺伝子に刷り込まれています。この警戒心が高揚したとき、人は家族や同胞、そして自分を守るために、仮想の敵を攻撃する。こうして起きるのが、戦争や虐殺です」 しかも人は、悪意や自分の利益のために多くの人を殺せない。むしろ善意や大義、愛するものを守ろうとするときこそ、とても残虐になれる。オウム事件をきっかけに、日本社会の他者への不安と恐怖は増大していると森は言うのだ。 映画『福田村事件』で劇映画に進出した森達也。次回作について周囲からは、こんな期待の声が上がる。 「オウムのような大きな撮影対象が現れないと森さんの良さが発揮できるドキュメンタリーは撮れない。スキャンダルに翻弄される大谷翔平とか、森さんにとってチャレンジしがいのある対象が現れてほしいものです」(前出・長嶋) その一方で、前出の映画プロデューサー、安岡は、 「彼とは昔、刑事物のショートムービーを作ったことがあり、とてもセンスを感じました。次回は社会事件から離れた劇映画をぜひ期待したい」 はたして本人は、次回作についてどう考えているのか。 「恋愛物、ホラーやアメリカン・ニューシネマっぽい劇映画にも挑戦したい。その一方で形にしたいドキュメンタリーもある。どちらを先に撮るかは気分と風まかせかな」 そう言って、取材班を煙に巻く森達也。森の次回作への期待は高まるばかりだ。 取材・文/島 右近 しま・うこん 放送作家、映像プロデューサー。文化・スポーツなど幅広いジャンルで取材執筆。ドキュメンタリー番組に携わる内に歴史に興味を抱き、『家康は関ヶ原で死んでいた』上梓。今年、楠木正成の謎に迫る小説を上梓。