ムツゴロウ「やりますか、一丁」「ウヒヒヒ、いいスねッ」麻雀に関して、私は実にだらしがないのである
ナチュラリストであり、動物研究家でエッセイストだった、ムツゴロウこと畑正憲さん。2023年4月5日に亡くなられたムツゴロウさんですが、実は無類の麻雀好きで、日本プロ麻雀連盟最高顧問という肩書もお持ちでした。そのムツゴロウさんの一周忌にあわせて刊行される『ムツゴロウ麻雀物語』より、「動物との交流もギャンブルも命がけだった」ムツゴロウさんの日々を紹介いたします。 【書影】「動物との交流もギャンブルも命がけ」だったムツゴロウさんの自伝『ムツゴロウ麻雀物語』 * * * * * * * ◆「最近、あっちの方どうですか」 金ピカのレストランに、私だって年に何度かは座っていることがある。 随所に蘭(らん)の花が咲きこぼれ、高い天井に無数に吊(つ)るされているライトからは、やわらかい光が落ちてきている。一隅に置かれたピアノを奏でるのは、白いドレスを着た絶世の美女であり、鍵盤(けんばん)の上を舞うのは白魚のような細い指だ。 蝶(ちょう)ネクタイをして、ダークスーツに身をかためた男が、音もなく近寄ってきて、フォトアルバムほどあるメニューをうやうやしく差し出す。そして、ニヤリと笑って言うのである。 「最近、あっちの方どうですか」 両手を胸のあたりまで持ってきて、盛んに何かと掻(か)きまわす素振りをする。 「何かと忙しくて、ご無沙汰(ぶさた)してますなあ」 「そんなことないでしょう。今日もこれから約束があるんじゃないですか」 男は、片目をつむって、どーんと私の肩を叩(たた)くのである。親近感があふれていると言えばそれまでだが、折角のムードが壊れてしまい、場末のヤキトリ屋へ行っている感じがしてくるから妙だ。 私はワインに口をつけ、 「やりますか、一丁」 「ウヒヒヒ、いいスねッ」 そしてまた、ドーン、である。私の口の中で転がっている、決して安くないワインは、ぷーっと噴き出し、テーブルをよごしてしまうのだ。
◆麻雀は、話をするだけでもスリリングであり、命がけ このようになるとは、考えてもみないことであった。 タクシーに乗れば運転手が振り返り、 「あちしも好きでしてねえ……」 とくる。女かなと身構えると、 「この前の明け番の日、五枚から国士無双(こくしむそう)をやったんです。五枚からですぜ。なあに初手からねらってたわけではねえんですが、手の方が勝手に動きまして、気がついてみたら形が出来てたってわけで。あるんですね、そんなことが。いやぁ、驚きました、驚きました。 ところでセンセイ、必勝法はあるもんでしょうかね」 話の継ぎ目でいちいち振り返るので、危なくってしようがない。麻雀の話に夢中になって事故を起こされたんじゃたまらない。私の前のシートの背に両手をかけ、半身をのり出すようにして、 「必勝法なんてないと思うよ。麻雀は運。運だけ。だから面白いんじゃないの」 と、受け答えをしなければならぬのだ。それでも運転手は興奮してきて、 「嫌な奴もいますぜ。こうやって牌(パイ)を積むでしょう……」 と、ハンドルから両手を離して、インチキ積みの手つきを再現しようとする。 「ハンドル、ハンドル!」 私は連呼し、冷汗をびっしょりかき、足を突っ張り、自分でブレーキを踏んだつもりになっている。麻雀は、話をするだけでもスリリングであり、命がけでもある。
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