「大阪愛犬家連続殺人事件」「近畿連続青酸殺人事件」…「毒物列島」と呼ばれた時代に科捜研にいたプロたち
---------- 30年を超える記者生活で警察庁・警視庁・大阪府警をはじめ全国の警察に深い人脈を築き、重大事件を追ってきた記者・甲斐竜一朗が明らかにする刑事捜査の最前線。最新著書『刑事捜査の最前線』より一部を連載形式で紹介! 和歌山毒物カレー事件の毒物を、林眞須美死刑囚の家の配管から発見した男の執念 前編記事<「大変な宝探しになる」和歌山毒物カレー事件の毒物を、林眞須美死刑囚の家の配管から発見した男の執念> ----------
毒劇物事件の難しさ
毒物カレー事件が発生した1998年は各地で連鎖的に毒劇物混入事件が起こり、「毒物列島」とも形容された。当時を知る警視庁科捜研の研究員は「化学鑑定の部屋は、まるで弁当屋だった。至る所に穴のあいた弁当の容器や空き缶が置いてあり、鑑定嘱託簿は連日『毒』『毒』『毒』の表記で埋まっていた」と証言する。 ヒ素、アジ化ナトリウム、青酸カリ、農薬……。国民の不安感は高まり、警察庁長官だった関口祐弘は同年11月の全国会議で「模倣事件を食い止めるには確実な摘発が何より重要」と訴えた。毒物カレー事件の殺人容疑などで1998年12月9日に林死刑囚が逮捕される前日まで、混入事件は全国22都府県で計33件発生している。男性が死亡した同年8月の青酸ウーロン茶事件(長野県)などはいまも未解決だ。 毒物カレー事件も当初、混入毒物を巡り「原因物質」が二転三転するなど特定にもたつき、客観証拠もないために長期化した。聞き込みによる状況証拠を積み重ねる一方、林死刑囚宅の徹底した捜索によるヒ素の押収と、科警研によるヒ素の分析など科学捜査の成果で立件にこぎつけたものの、発生から138日目となっていた。 毒性学が専門の薬学博士で昭和大学名誉教授の吉田武美も「毒劇物を使った事件の初動でまず重要なのは、鑑定の正確性と素早さだ。特にサリンなど猛毒の場合は、被害を食い止め、治療を始めるためには『それがサリンである』と判断できるかどうかが非常に大きい」と指摘する。さらにサリンのように揮発性のあるものや青酸ガスは2次被害、3次被害が出る可能性もあり、防御と避難の両面で態勢をつくることも必要になるという。 分析機器が進化した現在は、事件で使われた毒物の種類の特定はしやすくなったとされる。だが、その濃度がどれぐらいあり、それによって被害者が死亡したということを証明できるかどうかが犯罪の立証で最も重要だ。 致死量を超えていないケースでは証明は容易ではない。急性中毒は分かりやすいが、慢性的に少量ずつ投与され、徐々に症状が重くなって死亡した場合は診断が難しく、状況によっては犯罪が埋もれてしまいかねない。 吉田は以前、警察学校で検視を担当する刑事調査官候補の警部補クラスを対象にした講義を持っていた。「犯罪死を見逃さないため、変死に臨場した際、自分が経験した範囲を超える不思議な違和感がある場合は薬毒物の可能性を考えてください」と注意を促していた。毒物絡みの事件、事故のすべてが表面化し、解決しているとは思えないという。