【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 『星を継ぐもの』を下敷きにした青春SFなど、注目の新刊をピックアップ
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は青春SFや推し活×オカルト小説など、バラエティ豊かな5タイトルをセレクト。(編集部) 【画像】不朽の名作『星を継ぐもの』を下敷きにした青春SF ■篠谷巧『夏を待つぼくらと、宇宙飛行士の白骨死体』(ガガガ文庫) 新刊と呼ぶにはやや時間が経ってしまったが、青春SF小説好きとしてはぜひとも紹介したい一冊。 理久と宗太、紗季と華乃子は仲良しの幼馴染。四人は中学一年の時に呪いのお札を捏造し、木造の旧校舎にこっそりと仕掛けた過去がある。その後、とある事件をきっかけに距離が生まれ、さらにコロナ禍と緊急事態宣言もあって、そのまま疎遠になってしまった。 時は流れ、2023年7月。受験勉強が本格化する前に、コロナ禍で奪われた青春を取り戻そうと企む宗太の呼びかけにより、理久と紗季はもうすぐ取り壊しになる旧校舎に忍び込んだ。そしてお札を回収しようと入った物置の中で、白骨化した宇宙飛行士の死体を発見する。彼らは死体を「チャーリー」と名付け、本物なのかを調べはじめた。やがて華乃子も合流し、離れ離れなった四人の縁は再び繋がることになる。高校生活最後の夏休みという限られた時間の中で、彼らは奇妙な死体を謎の真相に挑んでいくが――。 J・P・ホーガンの傑作SF小説『星を継ぐもの』を下敷きに、二度と戻ることはない高校時代の輝かしい夏の日々と、二十日間におよぶ冒険の記録を綴る『夏を待つぼくらと、宇宙飛行士の白骨死体』。調査が進むにつれて次々と明らかになる事実は刺激的で、合間に挟まれる謎めいた「幕間」も、物語に独特の緊張感をもたらしている。瑞々しい文体が、心地よいノスタルジーと切なさを呼び起こす、極上の青春SFである。 ■鳥谷綾斗『推しと私の怪異調査 サトリの眼』(集英社オレンジ文庫) 近頃読んだ“推し活”や“アイドルもの”の中でも、強いインパクトを残した一冊。主人公・椎葉里瑠は高校一年生。男子四人組の駆け出しアイドルグループ〈アソート〉の、ワイルドな俺様系イケメン・アキさまを推している。そんな彼女は一ヶ月前に突如、怪異が見える霊視能力に目覚め、他人の感情も空気の色として読めるようになってしまった。里瑠は目に映る怪異の数々に思わず反応してしまうが、その姿は周囲には奇行にしか見えず、家庭でも学校でも居場所を失う。 里瑠の状況に唯一理解を示し、親身なアドバイスをくれたのが、心霊系VTuberの清原こすもだった。里瑠は拝み屋として活動するこすもの助手としてバイトを始めることになり、怪異調査に同行する。だが依頼人はなんと推しの事務所。おまけに調査に向かった現場にはアキさままでいた。思わぬかたちで推しの素顔を知ってしまった里瑠は、怪異事件を解決しつつ、自身の厄介な能力を手放す方法を模索するが――。 推しがいる人であれば誰もが共感するであろう “推しあるあるネタ”と、ホラーの醍醐味を存分に味わえる不気味な怪異描写の数々。推し活×オカルトという異色のテーマで展開する物語からは、作者の強いホラー愛とアイドル愛がうかがえる。アキさまへのほとばしる思いが、怪異に襲われた里瑠を救うというコミカルな描写が楽しく、最後まで読者を驚かせる巧みな構成も素晴らしい。続編を読めるよう、私も本作を全力で推していきたい。 ■三川みり『龍ノ国幻想7 神問いの応』(新潮文庫nex) 創刊10周年を迎えた新潮文庫nexを代表するシリーズの一つである『龍ノ国幻想』。2025年からコミカライズが始まる注目作の、最新刊が発売された。 央大地は、「一原八洲」と総称される九つの国で構成されている。神の眷属はそのうちの一国・龍ノ原だけに住み、龍ノ原を統べる皇尊は恐ろしい地龍を眠らせる役割も担っていた。皇尊の一族に生まれた女たちは皆、龍の声を聞くことができる。だが中には生まれながらに龍の声を聞けない者がおり、「遊子」と呼ばれて疎まれ、命を奪われる宿命を背負っていた。 遊子に生まれた日織は、同じく遊子だった姉の転機で男として育てられ、一人生き延びた。「もたざる者」を不要だと切り捨てる国に怒りを抱いた日織は、世界を変えるために皇尊になろうと決意する。皇尊の座はこれまでずっと、男子の直系のみと定められてきた。女であり、さらには遊子であることを隠した日織は、神に反逆することも恐れず、周囲を欺きながら皇尊の座を狙う。そして姉の非業の死から二十年。先代の皇尊が亡くなり、日織は候補者の一人として皇尊の座を争うことになるが――。 緻密に作り込んだ世界観と、スリリングな男女逆転陰謀劇が魅力の『龍ノ国幻想』。第7作の『神問いの応』では、龍ノ原に攻め入った附孝洲軍から逃れた日織が、民を救うために附道洲に向かい、国主と交渉する様が描かれる。最初は神を欺き、今度は神に勝負を挑もうとする日織の凛々しい姿に胸が熱くなる。体調不良に陥った日織の今後も含め、次の展開からも目が離せない。 ■深山くのえ『桜嵐恋絵巻 火の行方』(小学館文庫キャラブン!) 平安時代を舞台に、政敵関係にある二人の許されぬ恋を描く『桜嵐恋絵巻』。かつてルルル文庫で刊行された名作が、書き下ろしを収録した新たな装いで展開中だ。 藤原詞子は二条中納言家の大君。だが幼い頃にかけられた呪いのせいで鬼姫と呼ばれ、家族からも疎まれている。家にいられなくなった詞子は白河の別邸に移り、ひっそりと暮らしていた。ある日、庭に見知らぬ公達が迷い込むが、彼は左大臣の嫡子の源雅遠だった。ほどなく二人は恋に落ちるが、詞子は右大臣派の二条中納言の娘であり、雅遠の家とは敵対関係にあるのだった。 雅遠は、災いをもたらす「白河の鬼姫」として世間に知られる詞子と接することを恐れず、彼女を「桜姫」と呼んで通うようになった。無位無官で異母弟にも先を越されていた雅遠は、詞子に気兼ねのない暮らしをさせるため、出世をしようと決意。後宮を騒がせた盗賊事件を解決し、従五位下としてこの秋から出仕している。 シリーズ第三弾にあたる『火の行方』では、雅遠の身に降りかかる縁談と、帝に一番寵愛されている登花殿の女御を亡き者にしようとする陰謀劇を中心に展開。雅遠は事件解決のために奔走し、詞子も協力することになる。 すべてを諦めて生きていた詞子は、思いがけず手に入れた今の幸せを壊さないよう、これ以上を望もうとはしなかった。だが雅遠の熱い思いに心を動かされ、彼の気持ちに応えたいという欲が芽生えていく。そんな詞子の心の変化と、糖度を増した二人の甘やかなロマンスが、本巻の大きな読みどころだ。 ■額賀澪『小説 ふれる。』(角川文庫) 長井龍雪監督に、脚本の岡田麿里、そしてキャラクターデザインの田中将賀。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』など、数々のヒット作を手掛けてきた三者が新たに送る、オリジナル長編アニメーションの公式ノベライズが発売された。 秋と諒と優太は間振島で育った幼馴染同士。この島には、人と人をつなげてくれる不思議な生き物〈ふれる〉の言い伝えがあった。言葉よりも先に手が出てしまう問題児の秋は、ある日〈ふれる〉を見つけ、これをきっかけに諒や優太と親しくなる。〈ふれる〉の力によって、三人は体に触れれば互いの心の声が聞こえるようになり、以後ずっと一緒に過ごしてきた。 二十歳の春、三人は〈ふれる〉を連れて上京し、高田馬場のオンボロ一軒家で共同生活を始める。ある日、秋たちはひったくり犯を捕まえて、バッグを盗まれた奈南とその友人・樹里と知り合った。とある悩みを抱えている奈南は、新居が決まるまでの間、樹里とともに居候をすることになるが……。 実は、〈ふれる〉にはもう一つの恐ろしい力が隠れており、特別な力で固く結ばれていたはずの三人の友情は次第に揺らぎだす。秘密基地のような家での楽しい暮らしが徐々に壊れ、気持ちがすれ違う様には胸が痛くなるが、だからこそたどり着く結末は、より一層大きなカタルシスをもたらすだろう。小説で描かれている青春の輝きと痛み、そして〈ふれる〉を中心に展開される幻想的でダイナミックな場面が、映像でどのように表現されているのか。10月4日公開の映画への期待も高まる。
嵯峨景子