投石器や銃やカタパルト、大陸間弾道ミサイル…兵器と物理学の切っても切れない関係
ガリレオと斜方投射
火薬が発明され、長距離兵器の飛距離が飛躍的に伸びても、斜方投射は重要なファクターとして残り続けた。力学の創始者として押しも押されもせぬ存在であるガリレオでさえ、自分が砲術に卓越していることを今でいう就職用の履歴書に記していたほどだ。 驚いたことに、17世紀のガリレオ以前に斜方投射が学術的に研究された記録はないようだ。そんなバカな話はないだろうと思うかもしれない。「三平方の定理」は「ピタゴラスの定理」という別名からもわかるように紀元前のギリシャ時代に発見されたものだ。だから、斜方投射なんて簡単な運動が、火薬で発射する大砲が発明されるまで全然研究されなかったらしいというのはちょっとびっくりする。 天才ガリレオでさえ、斜方投射を理解するために不可欠な事実、つまり、「鉛直に落下する質点の速度は落下時間の2乗に比例する」という法則を見つけるのにかなり苦労した。この法則の発見が遅れたのはおそらく、物差しさえあれば簡単に測れる「距離」ではなく、正確に測るのが難しい「時間」が関わっているからだろう(ガリレオは時間を水時計で測ったようである)。斜方投射の運動を初めて解明したガリレオはこれをちゃっかり軍事転用して、「軍事コンパス」というものを作って売り出したようだ。 この軍事コンパスは標的まで砲弾を飛ばすための火薬量を自動的に計算すると銘打って売られていたようだが、実際には標的までの距離と標的の高さを計測するだけの機械だったようだ。 航空機が発達し、爆撃が効果的な攻撃手段となってからでさえ、爆弾の軌跡は基本的に、斜方投射に頼るしかなかった。 斜方投射では、水平方向の等速度運動と鉛直方向の等加速度運動の2つの組み合わせで到達地点が変わる。そのため、同じ発射点から投擲した場合、標的にクリティカルヒットする初速と発射角の組み合わせは無数に存在することになり、話は複雑になった。 通常の火器では、初速の自由な制御は難しく等速で発射される仕様が普通であるため、ほとんどの場合、飛距離の制御に使えるのは発射角の制御のみである。そのため、どれくらいの初速で発射できるように砲を設計するかが、まず問題になった。初速が決まってしまえば、もっとも遠距離に到達するのは発射角が45度のときだが、この場合、着弾角も45度に固定されてしまう。 しかし、この角度が、最大限の打撃能力になるとは限らない。たとえば装甲に弾頭が着弾した場合、一般には跳弾と言って弾が跳ね返されて貫通力が鈍る可能性があり、これは着弾角が浅い場合に起きやすい。初速が一定の場合、着弾距離を発射角でしか制御できないので、着弾距離が決まると、着弾角も決まってしまうから長い間これは悩ましい問題だった。 スマート兵器とも呼ばれる精密誘導兵器が開発されて初めて、人類の兵器は斜方投射から解放された。いまでは、弾道兵器は携帯型の、歩兵が持ち歩けるサイズのものまで精密誘導兵器と化している。発射角と飛距離の問題も、軌道の精密制御でどんな距離から撃っても、装甲に直角に激突して、最高の性能を維持できるように設計がなされている。 そんな時代でも、人類はまだ、斜方投射から完全に自由になれていない。たとえば、ICBM(大陸間弾道ミサイル)のような長距離兵器で、すぐ隣の国を攻撃するには、ロフテッド軌道と言ってわざと鉛直に近い角度で打ち上げて、水平方向の速度を殺す以外に選択肢がない。 それでも人類が作る飛翔体で、斜方投射の軌道に沿って飛ぶものはスポーツの世界にしか存在しない、という時代はいつか来るだろう。そうなったらきっと、高校の物理学で斜方投射が、力学的運動の代表みたいなでかい顔をすることはなくなるんだろうな、と僕は思っている。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)