「NHKの36年間、この本を手掛かりにトレーニングを続けた」山根基世氏が“話し言葉の本質”を学んだ1冊《アナウンサーのバイブル》
女性初のNHKアナウンス室長を務め、現在はフリーアナウンサーとして活躍する山根基世さん。アナウンサーとしての人生の中で、自身の確かな糧となってきた本について語ります。(取材・構成 稲泉連) 【画像】山根氏はこの本を手掛かりにトレーニングを続けた ◆◆◆
「ただ読む」のは本当に難しい
山口県の高校を卒業後、東京に出て来て早稲田大学に通い、1971年にNHKに入局してアナウンサーという仕事をするようになりました。 10代から20代にかけて、私にはとにかく経済的に自立したいという強い願望がありました。というのも、さっきも言ったように母が少し支配的なタイプで、洋服を一緒に買いに行っても自分の着せたい服しか買ってくれないような人で……。母の選んだ洋服を着るのが悔しくて、自分で自分の着たい洋服を買えるようになりたい、とずっと思っていたんです。だから、就職の時もなるべく長く働けそうな仕事を探しました。 でも、アナウンサーになってからは苦労の連続でしたね。私が入った頃のテレビやラジオの世界では、アナウンサーと言えば先輩の読みをお手本にする職人風で、「節をつけるな、歌うな。まっすぐ読め」とばかり研修所で言われる。「日本語を読む」方法論が、まだほとんど確立されていなかったのです。 「ただ読む」のは本当に難しいことなんです。記者の書いた原稿を一字一句変えず、そのまま読むとはどういうことなのか。テレビで自分の顔をさらして、話し言葉とは乖離した書き言葉である原稿をにこやかに、いかにも自分の言葉のように読む。すると、やはりどこかに必ず矛盾が生じます。 それは私だけではなく、アナウンス室の全員がいつも悩み、苦しんでいたテーマでした。例えば、書き言葉は一節一節が話し言葉よりも息が長いでしょう? 普通の話し言葉であれば1、2秒で一つの意味の塊を喋るけれど、書き言葉では5秒くらいかかるような文章が平気で出てきます。その原稿を話し言葉のようにひと息で表現するためには、大変なトレーニングが必要なんですね。 そんななか、「アナウンサーはいかに原稿を読めばいいか」という問いに対して、初めて答えてくれたのが、アナウンス室の中核を担った杉澤陽太郎さんが書かれた『現代文の朗読術入門』でした。