トランプが目論むNAFTA見直し 「保護主義」でアメリカが払う代償は?
トランプ米大統領は米国の貿易赤字削減に向けて原因調査を行うなど2つの大統領令に署名しました。「米製造業の偉大な復活へと道を開く」と語ったと報じられています。トランプ氏はすでにNAFTAをめぐってメキシコなどとの再交渉の意向を表明し、環太平洋経済連携協定(TPP)にいたっては離脱する大統領令に署名しています。こうした「保護主義」はアメリカ自体にどんな影響をもたらすのか。アメリカ政治に詳しい成蹊大学の西山隆行教授に寄稿してもらいました。 【写真】トランプ大統領の保護主義的な政策、保護主義の何がいけないの?
「多国間交渉」より「二国間」を優先
トランプは、1月の就任演説で、「何十年もの間、我々はアメリカの産業を犠牲にし、外国の産業を豊かにしてきた。……しかし、それは過去のことだ。……この瞬間から、アメリカ第一になる。貿易、税金、移民、外交についてのあらゆる決定は、アメリカの労働者と家族の利益のために行われる。他国によってもたらされる惨害から国境を守らなければならない。彼らは我々の商品を生産し、会社を盗み、仕事を破壊している。保護こそが偉大な繁栄と力に繋がるのだ」と語り、保護主義の原則を宣言した。 また、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの離脱を宣言するとともに、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しも提案した。トランプ政権では、ナヴァロ大統領補佐官と、ウィルバー・ロス商務長官、ロバート・ライトハザー米通商代表部(USTR)代表らが中心となって通商政策を実施している。 彼らはみな保護貿易主義者であるとともに、多国間交渉ではなく二国間交渉がアメリカに利益をもたらすとの信念を持っているとされる。
中国はNAFTAにもTPPにも加盟していない
このように、トランプ政権は保護主義の立場を取り、多国間協定を否定する方針を示している。しかし、トランプ政権が取ろうとしている政策は、合理性に欠けている。 2016年のアメリカの貿易赤字のうち47%が中国によって生み出されており、日本が貿易赤字に占める割合は9.1%、ドイツは8.8%、メキシコは8.6%である。貿易赤字削減を考えるならば、中国との関係を念頭に置かねばならないはずだが、中国はTPPにもNAFTAにも関係していない。しばしば指摘されているように、例えばTPPからの離脱は中国に利益をもたらす可能性があることを考えると、トランプ政権が示す既存の多国間協定への拒否感は合理性に欠けると思われる。 もっとも、トランプ政権は、貿易赤字削減よりも国内の失業者対策を重視しているようにも思える。だが、アメリカの現在の失業率は5%を切っており、完全雇用に近い状態になっている。 失業はアメリカ全土に均一に広がっているのではなく、かつて製造業の中心地であった、オハイオ州やミシガン州など「ラストベルト」と呼ばれる地域で顕在化している。ただし、これら地域で製造業に従事していた人の中でも、グローバル化が進展している現状を踏まえて他地域に移住し、異なる産業に転職した人も多い。トランプ支持者にはそのような産業構造の変化に対応できなかった人も多く、TPPから離脱したりNAFTAを見直したりしたところで、彼らの就業率が上がるとは考えにくい。 トランプは選挙戦時の主張を実現しようとしているのだろうが、それがトランプとその支持者の望む帰結を生むとは想定しにくいのである。