トランプが目論むNAFTA見直し 「保護主義」でアメリカが払う代償は?
米労働者が失業する本当の要因
「比較生産費説」と呼ばれる経済学の理論は、それぞれの国が比較優位を持つ商品に特化して貿易を行うことによって「ポジティブ・サム」、すなわち、両方の国が得をすることを教えてきた。 簡単に言うと、日本で言うと自動車、アメリカでいうと農業などのように、それぞれの国が得意なジャンルに注力して貿易をしていく方が、結果的に国際的な分業になり、それぞれの国ももうかるという考え方だ。 ただし、通商を拡大することでその国全体の利益は増大しても、利益を得る産業と不利益を被る産業が存在するのは言うまでもない。増大した利益をどのように分配するか、不利益を被る産業にどのように補償を行うかは、国内政治の重要問題である。 トランプ大統領とその支持者は、通商によって日本やメキシコなどの外国が利益を得て、アメリカの低技術労働者が深刻な不利益を受けていると考えている。これは、日本のTPP反対派がTPPをアメリカによる陰謀だと見なし、メキシコでNAFTAに批判的な人々がNAFTAはアメリカがメキシコから富を吸い上げるためのものと考えているのと併せて考えると、興味深い現象である。 ただ、さまざまな調査が明らかにしているように、技術力が低い労働者の経済的地位の低下は通商政策のせいではなく、途上国を中心とする技術の進歩と産業構造の変化が主な要因である。 その点に目を向けずに、外に敵を見つけて非難することで問題が解決するかのような幻想を振りまくことには意味がない。グローバル化の進展は今や否定しようのない事実であり、それに伴い発生するさまざまな問題の原因を通商協定だけに帰するのには無理がある。むしろ、異なる産業への転職を促すなど、国内の労働者向けの支援を行う方が重要である。国内の比較劣位にある産業を保護するよりも、生産性向上と技術革新を促す方が賢明な可能性もあるだろう。
意図しない帰結をもたらす恐れ
トランプ大統領の保護主義は、共和党の支持基盤となっている州にむしろ打撃を与えるのではないかとも考えられている。共和党は伝統的に農業州を支持基盤としているが、今日のアメリカの農業は輸出に依存している。アメリカの農畜産物の主要輸出先の輸出高上位11か国のうち7か国がアジアにあり、うち日本とベトナムはTPP加盟国である。アメリカの農業団体は、TPPに参加すればアメリカの農業収益は44億ドル増加するはずだと主張し、TPPからの離脱はオーストラリアなど競合国を利するものだと批判している。 NAFTAについては、トランプ政権がどのような見直しを目指しているのかは、分からない。トランプはメキシコを批判の対象としているが、アメリカとメキシコの国境では毎日14億ドル分の商品が行き来している。メキシコはアメリカにとっても大きな市場であり、ある試算では、メキシコ向けの輸出だけでも製造業を中心に約3万人の雇用が支えられているという。 一方のメキシコも、NAFTA締結後年率2.5%の成長を遂げているが、依然として国民の半数が貧困線未満の生活を送っており、その率は1993年以降変わっていない。メキシコ内ではNAFTAによって経済的利益を得ているという認識は弱く、例えばアメリカ政府から補助金を得たとうもろこし農家がメキシコの農業を破壊したというような議論も強い。 このような背景から、メキシコがアメリカの強硬策に反発してアメリカ製品に報復関税をかければアメリアも大きな不利益を被るだろう。また、NAFTAの見直しによりメキシコ経済が悪化すると、アメリカでお金を稼ぐことを目指して不法移民が増大する可能性もあるだろう。TPP離脱にせよ、NAFTAの見直しにせよ、トランプ政権とその支持者が想定しているのとは異なり、アメリカに不利益をもたらす可能性が高い。