<ネタバレ検証>映画館で3回号泣「ロボット・ドリームズ」は「トイ・ストーリー」に匹敵する傑作だった
持ち主を思い続ける切なさ
そして、筆者にとって「ロボット・ドリームズ」の最大のポイントは、巧みな〝出会いと別れ〟の描き方だ。そもそも筆者は、「トイ・ストーリー」のおもちゃたちに激しく感情移入した人間である。人間(持ち主)が自分で意思決定して人生を切り開いていく主体性があるのに対して、おもちゃ(所有物)は誕生から終わりまで受動的であり、自分の運命を自分で決められない。大人になっておもちゃと離れていくアンディを、ひたすら慕い続けるウッディやバズが切なくて、何度涙を流したことか。 「ロボット・ドリームズ」でも、ロボットに未練を残しつつ新しいパートナーを探し始めるドッグ(持ち主)と、夢に見るほどいちずにドッグのことを思い続けるロボット(所有物)の不均衡な関係を見ていると、ロボットがけなげでたまらなかった。 ドッグと遊びに行ったビーチで動けなくなり、そのまま取り残されてしまったロボットは、その後何度もドッグの夢を見る。目を覚ます度に何も変わっていない現実を突きつけられた。やがてさびて周りから乱暴な扱いを受けた揚げ句、最終的にはスクラップ工場でバラバラにされる。そこでドッグのパートナーとしての生涯は終了する。
「可哀そう」の先 失敗と再生
だが本作は、〝可哀そうなロボット〟のままでは終わらない。別れもあれば、出会いもある。ある日、スクラップ工場を訪ねたDIY好きのラスカルがロボットの部品を拾う。ラスカルは自らロボットを修理して再生させ、ロボットの第二の人生がスタート。ラスカルとDIYに挑戦したり、バーベキューをしたりと新しい日常を楽しむようになる。 一方ドッグも新たな友達ロボット(ティンと名付けられている)と出会い、パートナーとして幸せな日々を過ごしていた。そんな時に、ロボットがドッグを偶然見つける。声をかけるか、見なかったことにするか……。ロボットが選んだのは、姿を隠したまま「セプテンバー」を流して踊ることだった。ドッグの姿を見ながら踊るロボット、どこからともなく聞こえてきた「セプテンバー」に思わず体が動いてしまうドッグ。 ロボットとドッグが一緒に踊っているように見せる演出が非常に素晴らしく、このワンシーンを見るために何度も映画館に通ったと言っても過言ではない。ロボットが自分の意思で選んだ〝別れ〟が切なくて美しくて、ずっと心に残り続けている。 「ロボット・ドリームズ」を見た後、〝2人はこうすれば離れ離れにならずに済んだのではないか〟と考えた時があった。だがもし再会していればドッグはティンに出会えなかったし、ロボットもラスカルに出会えなかった。そう考えると、〝失敗〟も悪いものじゃないと思える。自分の人生の中で失敗と感じていたことに対しても、肯定してもらえた気がした。「ロボット・ドリームズ」は筆者にとって、まさに宝物のような、大事にしまっておきたい作品なのである。
ライター きどみ