ウィキペディアの人物記事、男女比8対2 日本語版元管理者が紹介するジェンダーギャップ埋める取り組み
【海獺さん・随筆喫茶】
江戸時代の儒学者貝原益軒の妻、貝原東軒(とうけん)。その名を聞いたことがあるだろうか? 実は彼女、一説には益軒によるとされている教訓書『女大学』の多くを執筆したとされる才能ある女性である。 【写真】幕末の勤王歌人、野村望東尼が暮らした「平尾山荘」 インターネットで「貝原東軒」と検索してみると、おそらく上位に表示されるのが、オンライン百科事典「ウィキペディア」の記事だ。 誰でも編集できるウィキペディアは、ボランティア運営のプロジェクト。報酬は無く、加筆修正も自由だ。しかし、ネット検索で上位表示されるため、多くの人がその情報に触れることになる。 2023年7月に福岡県立図書館で開催された「ウィキギャップ」というイベントで貝原東軒の記事は新規作成された。編集経験のない初心者たちが、その日のうちにレクチャーを受け、図書館資料などを基に記事を執筆した。 司書が用意した資料は図書館所蔵の文献にとどまらず、国会図書館デジタルコレクションやネット上の記述など多岐にわたる。大正15年発行の朝倉郡郷土人物誌や、福岡市博物館のホームページも参考にされた。 ウィキペディアは自由に書いてよいわけではなく、資料に基づいて、偏らずに、既に知られていることを書くという編集方針がある。 参加者たちはイベントの前半で、ウィキペディア編集のルールや理念、マナーなどを学び、他の記事を参考にしながら資料を読み解き、貝原東軒という女性に関する情報を記していった。当日まで東軒を知らなかった参加者も多く、それにより、先入観のない、偏りのない記事が出来上がった。 実は、ウィキペディアの人物記事は男性が圧倒的に多く、男女比は8対2というジェンダーギャップが存在する。こうしたネット上のジェンダーギャップを埋めるために、スウェーデン政府が政策の一つとして始め、世界に広がった社会運動が「ウィキギャップ」だ。 昨年のイベントでは貝原東軒を含む江戸から明治期にかけて活躍した福岡ゆかりの女性6人を取り上げた。東軒、野村望東尼、二川玉篠(ぎょくじょう)、高場乱(おさむ)、亀井少琹(しょうきん)、原采蘋(さいひん)のうち、東軒と玉篠はウィキペディアに記事すら存在しなかった。地元の図書館を会場にすることで、九州に住む参加者が、郷土の女性について調べて書くという、情報収集と情報発信が容易になった。 百科事典の記事として人々の役に立てるような体裁で書くことは、参加者自身も対象について深く学び、文章力や情報を伝達するスキルの向上が見込まれる。 ウィキペディアの記事に完成はないので、新たな資料が見つかればどんどん加筆することもできる。記事は誰のものでもなく自由に再利用できるライセンスに同意する必要があるため、共同作業で作り上げるというところもポイントとなる。また、日本語版に記事が作成されたことで300以上の言語に展開されるきっかけになる。 ウィキペディア編集は、長く楽しめる趣味である。知的好奇心を満たし、図書館通いが楽しくなり、成果を共有でき、情報収集スキルを磨くことができる。その上で誰かの役に立つ。あなたもぜひ取り組んでみてはいかがだろうか? ◆らっこ◆ 世界最大の無料百科事典サイト「ウィキペディア」日本語版の元管理者(2007年11月~12年12月)。ウィキペディアや情報・ネットリテラシーへの理解を広めるため、メディア出演(テレビ番組「マツコの知らない世界」「ねほりんぱほりん」など)、教育機関、図書館、行政などでの研修や講演などにも多く携わっている。