病気以外は外さない「リング・レディー」 マレーシア少数民族、消えゆく銅の輪の装い
マレーシアのボルネオ島サラワク州の州都クチンから山道を車で約1時間。突如、2階建ての家屋が並ぶ新開地が現れた。巨大ダムの建設とともに故郷を追われた少数民族ビダユ系の支族エンバハンの村だ。ここで、銅の輪を腕やふくらはぎに巻く女性たちと会った。(共同通信=角田隆一) 「病気の時以外は外さない。私たちが輪を巻く最後の世代だ」。シンガイ・ネカンさん(78)は話す。地元では「リング・レディー(輪の女性)」と呼ばれる。手製の輪は美しさの象徴だ。 1本の銅線をコイルのように腕とふくらはぎに巻く。ライムの果汁で磨き、光沢を放つ。女性は6~8歳になれば、寝る時を含め常時まとうのが伝統だった。ただ、集落でこの装いを続けるのは5人の高齢女性だけになった。 1960年代に公立学校の教育が始まった。少女たちは学校で銅の輪を着けることを禁じられた。「何度も説得したが、若い子は誰も聞かない。着けるのが痛そうだと」
サラワク州はマレー半島部と違い、マレー系が少数派だ。世界有数の雨量があるボルネオ島中心部から幾重もの川が南シナ海に注ぎ、多様な先住民族が暮らしてきた。ただ、近年は豊富な水資源を当てにしたダム建設や、アブラヤシ畑のための森林伐採が進み、人々の暮らしに影響している。 シンガイさんが住むのは200人ほどの集落だが、もともとは車が走れる道路がない山中に村があった。2013年にダム開発に伴い、政府の開発した地に移住。「ここは土が乾いている。山の中ではドリアンがたくさん取れ、食べ物に困ることはなかった」と懐かしむ。 集落から離れた見晴らしのよい丘に竹の小屋があった。シンガイさんの友人タウド・ルハンさん(78)が「集落はうるさくて、時々ここに来て休む」と自力で建てた。タウドさんは集落で輪を作ることができる最後の1人だ。「いずれ誰もいなくなる。伝統も消えるだろう」