長寿研究のいまを知る(8)「ラパマイシン」を世界の長寿研究者が注目する理由
前回まで、老化の原因とされる老化細胞除去を目的とした新たな「薬」や「ワクチン」の開発について取り上げた。今回は、長寿にも役立つと注目され、研究されている薬について取り上げたい。まずは「ラパマイシン」だ。 人気医師の和田秀樹がズバリ教える「老化を遅らせる生活」 その発見は1960年代にイースター島に渡った生物学者が持ち帰った放線菌にある。その後この菌を調べたところ、抗真菌性機能を持つ化合物を分泌することが判明。化合物はラパマイシンと名づけられてさらに研究が進められ、リンパ球活性を強力に阻害する化合物を分泌していることもわかった。 いまでは臓器移植の現場で患者の体が移植臓器を拒否するのを抑えるために必要な免疫抑制薬、抗がん剤、心血管病の治療などで使われている。ハーバード大学医学部&ソルボンヌ大学医学部客員教授の根来秀行医師が言う。 「ラパマイシンのターゲットは細胞の中に浮かんでいる『mTOR』(哺乳類以外ではTOR)と呼ばれるタンパク質の一種。それにくっつくことでタンパク質の性質を変え、本来の働きを抑えることがわかっています。mTORには複数の働きがあり、例えば細胞内の栄養状態を監視するセンサーの働きがあります。栄養状態によって細胞を大きくしたり分裂するタイミングを決める司令塔的な役割も担っています。さらには『オートファジー(自食作用)』のスイッチにもなっているのです」 オートファジーとは細胞内を健康に保つために不要物を回収・分解し、新たな物質を合成して再利用する仕組みのこと。これが正常に機能することで細胞は元気でいられる。2016年にその研究で大隅良典・東工大栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことは記憶に新しい。 長寿研究者が驚いたのは、このmTORの働きを抑えるラパマイシンを投与するだけでマウスの寿命が延びると実験で明らかになったことだ。 ■種を超えた老化システムに作用 「酵母、線虫、ショウジョウバエではmTORの機能が低下すると寿命が延長することが知られていましたが、09年の世界的科学雑誌に掲載された3つの研究機関からなる報告が衝撃的でした。ラパマイシンを哺乳類である雌雄のマウスに投与したところ、寿命の中央値および最大値が14%も延長。生後270日目、同600日目からラパマイシンを与えられたマウスでも寿命延長効果が認められたというのです」 近年の研究により、老化は遺伝子や細胞の信号伝達経路、生化学的な反応によって制御されていて、遺伝子の改変などにより操作することが可能だとわかってきている。 ヒトの老化研究のモデルとして、酵母、線虫、ショウジョウバエ、マウス、ラットなどが使われている。寿命が数週間から数カ月と短く、観察が容易で遺伝子操作が簡単だからだ。しかし、酵母や線虫では得られた成果がマウスでは再現されない、という「種の違いによる差」があり、老化研究を難しくしてきた。 その代表が「レスベラトロール」の寿命延長効果だ。レスベラトロールとは、ブドウの果皮や赤ワイン、ピーナツなどに含まれる抗酸化作用を持つポリフェノールの一種で、長寿遺伝子を活性させるとされている。 その効果は03年に酵母、線虫(04年)、魚(06年)、高カロリー餌マウスで同年に報告された。しかし、08年には通常餌で飼育したマウスにはその効果が認められないことが示され、現在も研究が続いている。 「ところが、ラパマイシンによるmTORの阻害は、酵母や線虫ばかりでなく哺乳類であるマウスでも寿命が延びることが証明された。これはmTORの阻害が、種を超えた共通の老化システムに作用している可能性があるということです。それならばヒトでもその可能性があるということで注目を集めたのです。事実、その後も同様の内容が世界中の研究者から報告され、注目に拍車がかかっています」