少子化中国で孫を迎える「父方の祖父母と母方の祖父母」の知られざる攻防
◇中国の「一人娘」は、結婚・出産とどう向き合っているのか? そこで一人娘の親は、2016年以降の政府の人口政策転換で出産可能な人数が増えたことを受けて、娘に複数の子どもを産むよう要請(促産)し、その子(孫)を家系の後継者にしようとする等の戦略に出ているのだと考えられます。 実際に、私が2019年から2023年にかけて中国浙江省紹興市で行った現地インタビュー調査、およびリモートでのインタビュー調査からは、そうした親世代と子世代の間および夫側親と妻側親の間での交渉の一端が見えてきました。 対象は都市部の一人っ子政策のもとで生まれて結婚した40人の一人娘です。まず、40人の一人娘のうち、第二子を出産した者あるいは出産する予定のある者のほとんどが、親世代から第二子の出産要請がありました。また、第一子はほぼ全員夫側の姓を名乗って夫側に帰属していることから、第一子については夫側親と妻側親との間に交渉の余地がほぼないということがわかりました。 そこでは、夫側親と妻側親の関係性は後継者確保で競合しているというよりも、夫側親が結婚費用を多く受け持って住宅を用意するのに対して、妻側親が電化製品や車を提供するなど補助的な役割を担っており、夫側親が後継者確保の優位性を維持しながらも、妻側親のニーズも一部受容するような関係にありました。 事実、第二子については双方の親の間で婚前協定が交わされ、妻側の姓を名乗って妻側の家の子孫とすることで合意を得ていたケースが少なからずありました。なかには第一子が女児で第二子が男児の場合、男児が夫側の姓を名乗り、女児は夫側から妻側の姓に改姓することを条件にしたケースも見られました。 ここからはすなわち、妻側親は自らの家系の後継者を確保する交渉をするものの、決して夫側の利益は侵害しないという、中国の伝統的な父系親族規範の原則が守られていることが確認できます。 いずれにしても、現代の日本の人々の目から見ると、結婚と出産に親が強く介入する中国社会にはある種の抵抗感を覚えるかもしれません。また、家族の中で男児を尊ぶ父系親族規範も、今の時代にはそぐわないように感じられることでしょう。 しかし、日本もまた中国と同じ儒教文化圏の国であり、男性優位の価値観が根強く残っていることは指摘しておきたいと思います。たとえば、日本では結婚後の姓は妻側と夫側の選択制ですが、実に約95%が夫の姓を選択して妻が改姓しています。選択的夫婦別姓が制度化されている国や地域から見れば、非常に男性優位で父系親族規範が強い国に見えるのではないでしょうか。 同じ少子化が進む両国にあって、その文化や社会には共通点もあれば、対照的な点もあります。日本では親からの干渉は少ないかわりに支援も少なく、当事者たち自らの責任で結婚相手を見つけ、夫婦中心(多くの場合は妻中心)で子育てをすべきという価値観の社会です。一方の中国では親が子の婚活まで担い、結婚後も経済・育児で積極的にサポートする一方で、出産の人数や子ども(孫)の姓など様々なことに口を出します。 一方は自由の中にあるけれど結婚・出産への親族のサポートが少ない社会で、もう一方は不自由ではあっても結婚・出産への親族のサポートが厚い社会。もっともどの社会においても、公的なサポートが少ないのは共通していますが、あなたは、どちらの社会が好ましいと感じますか? 一見似ている問題を異なる社会の内側の目線から比較してみることで、自分が所属している社会自体への認識もまた深まっていくのです。
施 利平(明治大学 情報コミュニケーション学部 教授)