「ロード・カーのセットアップは、公道で時間をかけて決めるんだよ」997型911タルガの国際試乗会でエンジニアが発した一言にポルシェの凄さを見た!
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【エンジン・アーカイブ「蔵出しシリーズ」】ご存じ中古車バイヤーズ・ガイドとしても役立つ雑誌『エンジン』の過去の貴重なアーカイブ記事を厳選してお送りしている人気企画の「蔵出しシリーズ」。今回は、2008年12月号に掲載されたポルシェ911タルガの国際試乗会のリポートを取り上げる。カレラ2とカレラ4が相次いで投入されたばかりの997型911に追加モデルの報せが届いた。タルガだ。北イタリアで試乗した。 【写真8枚】北イタリアの国際試乗会で乗った997型911タルガを写真で見る ◆4駆だけのタルガ クーペがそうだったように、カブリオレがそうだったように、新しいタルガもまた、ボディの構造はこれまでの911とほとんど変わらない。大きく開くスライド式のガラス・ルーフも、ハッチとして開く便利なリアウィンドウも継承されている。 大きく変わったのはパワートレインだけといってもいい。先に出たクーペやカブリオレの心臓部がそっくりそのまま、新しいタルガに移植されている。エンジンは直噴の3.6リッターと3.8リッター。ギアボックスは3ペダル6段マニュアルと2ペダルPDK。 タルガは全天候型とでもいうべきオープン・ボディゆえに冬の厳しい北欧市場やカナダなどで強く支持されていることもあって、997以降は4WDモデルのみとなったが、この新しいフェイズ2モデルでも、それは変わらない。3.6はタルガ4、3.8はタルガ4Sと呼ばれる。 で、もちろん、新型997に初めて接する僕の最大の興味は、ツインクラッチ・ギアボックスにあった。 ◆かつてないスロウ・コースで ミュンヘンを経由してヴェローナへ飛び、そこからバスに揺られて小1時間。着いたのはガルダ湖の西岸。小さなリゾート・ホテルを基地に、日をずらしながら数週間にわたって国際試乗会をおこなうのは、ポルシェのいつもの流儀どおり。でも、翌朝、いよいよ試乗が始まってみると、いつもとは違っていた。コースが遅い。道は狭く、高速道路を走る区間もなく、ただひたすら、行楽地をクルマの流れにのって走る。僕はまだ5回ほどしかポルシェの国際試乗会を経験していないけれど、こんなに平均速度の遅い試乗会は初めてだ。ポルシェの関係者に訊くと、近年では最も遅いコース設定だという。 「これじゃなぁ、せっかくのPDKもお楽しみ半分だよなぁ」と、ひとり胸のうちで愚痴りながら、それでもステアリングホイールについたスライドスイッチやシフトセレクターをカチャカチャやりながら、ツインクラッチ・ギアボックスを試してみる。 そこはさすがにオリジネーターの作、素晴らしく洗練された変速を電光石火でやってのける。日産GT‐Rのそれにもぜんぜん引けを取らない速さ。しかも、受容トルク容量がはるかに小さい、つまり仕事のラクなゴルフの乾式ツインクラッチ7段型のそれにも勝るスムーズな変速マナー。何度やってみても、あまりに呆気なく変速してしまうので、やってる感がない。なものだから、早々に観察を止めて、Dレインジに入れっぱなしでいくことにした。どうせ、のんびりコースなんだし。 ◆そして、気づいて、愕然とした せっかくだからと、屋根を開け放って走った。僕はオープンカーに心奪われるくちではぜんぜんないのだけれど、これは気持ちがいい。こんなにも大きなスライドルーフが全開になっているのに、開いていることを忘れてしまう。ときおり爽やかな風がいたずらに入り込んで、撫でていく。ただそれだけ。そこがいい。 そうやって長閑に走り続け、ときに前方が空いた隙を見つけては右足を深く踏み込んでを繰り返していて、はた、と気づいた。そして、愕然とした。この自動変速シフトプログラムは、素晴らしいとしかいいようがない。渋滞のノロノロであろうが市街地のストップ&ゴーであろうが山道を楽しむときであろうが、どんな状況にあっても、そうあって欲しいという思いにぴたりとシンクロして変速する。魔法のギアボックス。 ギアボックスそれ自体はたしかにとてつもないポテンシャルを秘めているだろう。でも機械を得ただけで、これを実現することは不可能だ。緻密で地道な開発がなければ、ここまで調教することなどできないはずだ。 自動車開発に魔法の近道などない。ポルシェは気の遠くなるようなプログラムの書き換えと走行実験を繰り返して、ここへ到達したに違いない。もてるノウハウのすべてを注いで。 それに気づいたとき、深い衝撃が押し寄せて、ポルシェのすごさを感じないわけにはいかなかった。 「ニュルを走るのはポテンシャルのチェックや耐久性を測るため。セッティングをそこでやることなどないよ。ロード・ゴーイング・カーのセットアップは、公道で時間をかけて決めるんだよ」と、かつてポルシェのシャシー・エンジニアのひとりが教えてくれたのを思い出す。 試乗から帰って関係者に尋ねると、「PDK投入前の1年間はずっと変速プログラムを煮詰めるのに費やされました」と、打ち明けてくれた。 と、そこで気づいた。スポーティにカチャカチャやるのに適しているとはいいがたいステアリング・スイッチは意図してのものではないのか。どんな状況でもDレインジに任せてくれと、それは言っているように思えて、僕は頭を垂れたのだった。 文=齋藤浩之(本誌) 写真=小川義文/ポルシェ・ジャパン (ENGINE2008年12月)
ENGINE編集部
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