『鬼滅の刃』に込められた日本人の潜在意識とは何か…スマホ・タイパ・お遍路にみる「ニッポンの病理」
宗教の伝統が失われた日本で、どうやって「生きる意味」を取り戻すのか? 社会学者の大澤真幸氏と宗教学者の釈徹宗氏による対談の後編をお届けします。 【画像】死ぬ瞬間はこんな感じです。死ぬのはこんなに怖い おおさわ・まさち/長野県生まれ。元京都大学教授。『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞、『自由という牢獄』で河合隼雄学芸賞を受賞。著書多数 しゃく・てっしゅう/大阪府生まれ。相愛大学学長。NPO法人リライフ代表。『落語に花咲く仏教』で河合隼雄学芸賞・仏教伝道文化賞・沼田奨励賞を受賞 前編記事『ディズニーランドと一直線につながる“意外な宗教”とは…伝統芸能やサブカルのなかで生き残る「日本人の精神」』より続く
日本人が見失ったもの
釈日本では特にバブル期以後、地域コミュニティが解体され、伝統的宗教の形も崩れた。いまの若者は、地域の伝統や宗教に触れる機会がほとんどないと思います。もしかすると、サブカルチャーが宗教の代わりの役割を担うようになってきたのかもしれませんね。 大澤宗教の本質を一言で言えば、「生きる意味」を与えるものです。現代社会では、「私は何のために生きているのか」という疑問をサブカルチャーが満たしている。私もそう感じるときがあります。 というのも、最近の国民的ヒット作品の多くはいわゆる「セカイ系」という特徴を持っているのです。「セカイ系」の作品では、思春期ーたいていは純愛の関係にある男女ーの主人公が、人類や地球の運命にかかわる重大な使命や能力を持っています。 『すずめの戸締まり』では、主人公が日本中で「戸締まり」をして回ることで、壊滅的な大地震から日本列島を守る。現実の人生はつまらないけれど、実は自分には、世界を救う力があるのだーそんな欲求を満たしてくれるのです。 釈おそらくサブカルチャーの作り手も、その欲求をわかったうえで、宗教的な要素を盛り込んでいるのだと思います。
日本人の深層心理に触れた『鬼滅の刃』
大澤ただ一方で、そうしたサブカルチャーの特徴からは、日本人の深層にある悩みのようなものも読み取れます。釈さんは、累計1億5000万部を超えた大ヒット漫画『鬼滅の刃』は最後まで読まれましたか? 釈途中までです。 大澤『鬼滅の刃』は大正時代の「鬼殺隊」という架空の集団が鬼を退治する話なのですが、実は最後のシーンで、視点が21世紀の日本に移ります。そこでは、主人公の孫やひ孫たちが平和に暮らしている。彼らはおじいちゃんが書いた鬼退治の手記を読み、「先祖が鬼退治をしてくれたから自分たちが幸せに生きているんだ」と知るんです。 また、前述の『君の名は。』では、赤の他人だった東京に住む男の子と、飛騨の山奥に住む女の子の心がある日突然入れ替わるのですが、次第に彼らが時を越え強い絆でつながっていた、ということが判明していきます。 これらが描いているのは、日本人が過去と未来の人々、特にかつては「祖霊」によって満たされていた「我々のための死者」とのつながりを見失っていて、それを渇望しているということです。 日本には太平洋戦争の敗戦によって、戦前と戦後という大きな断絶が生じた。だから祖霊とのつながりを持ちたくても、断絶があるために、うまくいかないのではないでしょうか。 釈歴史的断絶には、明治期の神仏分離、廃仏毀釈もあります。土着の信仰が根絶やしになり、人々の暮らしも隅々まで一気に変わってしまった。 では、どうすれば日本人は祖霊とのつながりを回復できるでしょうか。