岩田剛典に翻弄されっぱなしの5月 『虎に翼』『アンチヒーロー』で“正反対”の立場に
『アンチヒーロー』(TBS系)第1話の冒頭は、主人公の明墨(長谷川博己)が殺人罪に問われた人物に語りかけるシーンから始まった。殺人犯として生きることが何を意味するのか、殺人という罪を認めたらこの先の人生がどんなに悲惨かをとうとうと語り、「私があなたを無罪にして差し上げます」と締めくくる。第1話の最後に、その語っていた相手が緋山啓太(岩田剛典)だったことが明らかになる。 【写真】朝ドラでは“一握りの男”の岩田剛典 明墨の行動や発言は周囲には突飛なやり方に映るものの、明確な目的があるようで彼のなかでは筋が通っているようだ。緋山の弁護で見事無罪を勝ちとったが、緋山自身は多くを語らず、真相は闇の中。 ただ、12年前の殺人事件と、検察正・伊達原(野村萬斎)と明墨との関係、紫ノ宮(堀田真由)の父・刑事部長の倉田(藤木直人)の葛藤には何らかのつながりがあるころが分かってきた。 そして、第5話の衝撃のラスト。明墨以外誰もいないと思われた夜の弁護士事務所で「例の物は手に入りそうですか」と聞かれて、静かに「はい」と返事をしたのが無罪となった緋山だった。キャップを被り、暗闇で無表情であっても凛々しく端正な顔立ちは隠しようがない。 岩田剛典が演じる緋山は、明墨が部下や周囲の人を困惑させる主張をしても、思いも寄らない手法で検察側を驚かせても動じず、ただ淡々と状況を受け入れているかのように見えた。普段の華やかな雰囲気を封印して、何を考えているのか全く分からない、善悪どちら側の人物か判断しようのない人物として、岩田は見事に存在している。 そして、放送中の朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)では、主人公の寅子(伊藤沙莉)が大学で知り合った成績優秀でリーダー的存在の花岡悟を演じている岩田剛典。『アンチヒーロー』第5話ラストの登場シーンに驚かされ、『虎に翼』では試験に合格して見事裁判官となった花岡が選んだ未来に心が騒ぐ……というはからずも岩田の存在感に圧倒(翻弄)される1週間となった。 『虎に翼』の花岡は、寅子に「不器用でいろいろ考えすぎちゃう人なのね。本当の花岡さんは」と言われ、動揺するような社交的な仮面を被った繊細男子だった。友人たちの前では、少しカッコいいところを見せようと頑張ってリーダーシップを発揮したり、女子の前ではスマートにエスコートできたりするけれど、誠実で少し不器用なところが本当の魅力だったりもする。 花江(森田望智)が寅子に「いつもと違い今日の寅子さんは紅をつけている。そういうささいなことにお気づきになりそうな気の利いた殿方なんて、ほんの一握りなんだから」と力説していたが、花岡こそまさにその「一握りの男」。 待ち合わせをして、会ってすぐに「その服とても似合ってるよ」とサラリとほめてくれる。しかも、寅子お手製の新しい服をしっかりと目に留めて、気づいてくれるところが素晴らしい。 裁判官になれたお祝いを「みんな」ではなく、「2人きり」で祝ってほしいと言ったのは花岡の本音であり、本気のプロポーズも考えていたのだろうと思うと切ない。でも、寅子が志半ばで諦めなければならなかった女子部の友だちの分まで弁護士として一人前になりたいと頑張る姿を目の当たりにして、結婚して佐賀に一緒に帰ってくれとは、思慮深い花岡に言えるはずがない。 結局、一握りの男は本当の気持ちを隠したまま互いの健闘を祈りつつ、残念だけど違う道を選んでいった。とはいえ、憧れの人が婚約者と幸せそうに並ぶ姿の破壊力は、とどめの一撃と言っても過言ではない。寅子の立場になってよね(土居志央梨)と轟(戸塚純貴)が花岡を呼び出し、責めるようなことになったけれど、堂々として言い訳しない花岡に、むしろ寅子を尊重している意思を感じた。花岡は寅子の大学時代の大切な思い出になり、優三(仲野大賀)との結婚によってまた物語が深度を増す。 『アンチヒーロー』で再登場した岩田剛典演じる緋山は、明墨と何を始めようとしていうのだろうか。『虎に翼』での岩田の登場は一段落となりそうだが、『アンチヒーロー』では様相外の活躍をまだまだ観ることができそうだ。
池沢奈々見