頑固な社会の仕組みを変革へとくすぐる「トランジション・マネジメント」
松浦 正浩(明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授) 地球温暖化や少子高齢化など、超長期かつ大規模な社会課題の解決に向け、草の根レベルでさまざまな取り組みが進められています。しかし、いくら個人やグループで頑張っても、解決につながらないのも現実です。持続可能な未来社会をめざすのであれば、草の根活動を超えた、社会経済構造の変革・転換・移行、つまり「トランジション」を起こすための方法論を検討する必要があります。
◇社会構造そのものを変えるのではなく長期トレンドとの齟齬をなくす トランジションとは「世の中の仕組みが変わる、仕組みを変える」ことを指し、その方法論であるトランジション・マネジメントは、MLP(Multi-Level Perspective)の考え方に基づいています。MLPとは、社会のあらゆる事象を3つの層で考えようという理論です。一番下のミクロレベルは、私たち個人の行動選択、日常生活のようなものです。真ん中のメゾレベルは、しきたり、法律、ルール、あるいは、物理的なインフラストラクチャーといった、社会の仕組み。一番上のマクロレベルは、50年100年単位で続いている、少々のことでは変えられない長期トレンドです。現代なら、地球温暖化や少子高齢化なども、それに当たります。 MLPで考えたとき、メゾレベルがマクロレベルの長期トレンドにマッチしなくなってくることが、しばしば起こります。しかし社会の仕組みは、一度つくると変えるのが大変なので、何かおかしいとわかっていても、変わらない性質がある。そんなメゾレベルとマクロレベルの間にある齟齬を、人間社会が意図的に介入して変えようというのが、トランジション・マネジメントというアプローチです。 以前であれば、構造が時代に合っていないとなれば、合意形成をはかりルールを直接変えてしまおう、というのが主流の考え方でした。しかし、それがうまくいかず、暴動やテロなどが起こる歴史が幾度となく繰り返されています。いわゆる社会主義革命を標榜していた人たちは、社会の仕組みに直接メスを入れることによって、より良くしようとめざしていたわけです。 それに対しトランジション・マネジメントでは、合意形成を模索するのではなく、持続可能な社会に貢献する技術等を特定し、それらを現場で小規模に試行し、矛盾点をなくしていくことで、社会の「あたりまえ」、つまりメゾレベルへと引き上げていきます。たとえば、社会起業家が持続可能な社会のために、新たな取り組みを始めたとしましょう。その取り組みを支援し、利用者を増やしていくことで、最終的に利用者が社会の過半数を超え、新たな常識となる。このようなアプローチがトランジション・マネジメントです。 トランジションやトランジション・マネジメントという考え方は、2000年頃にオランダで提唱されました。1991年にソ連が崩壊し、新自由主義的な考え方が一気に強まり、社会全体を変えることより、個人で頑張り、個人で幸せになることが大事だという風潮が主流になっていきました。しかしそれでは、社会は立ちゆかなくなります。その反省もあって、このような考え方が生まれ、世界に広がっていったように思います。