頑固な社会の仕組みを変革へとくすぐる「トランジション・マネジメント」
◇「変えたいから変える」のではなく「変えなければ立ちゆかないから変える」 トランジション・マネジメントは、基本的に一朝一夕では成し得ません。とはいえ、何かきっかけがあると一気に物事が変わることもゼロではありません。 たとえば、20年ほど前にクールビズが提唱され、一気に夏場のネクタイがなくなりました。暑いのにスーツを着ることに対する無駄を皆が感じていたなか、当時の環境大臣だった小池百合子さんが打ち出して一気に広まったわけです。環境問題に対しても、「何かしなければ」という気持ちを多くの人が持っています。「こんなソリューションがありますよ」と上手く提示できれば、一気に広まる可能性があります。そのためにも、すぐ変わらないからと諦めず、素地をつくっていくことが大切です。 トランジション・マネジメントを加速させるうえで大事なのは、直接的に言わないうちに、いつの間にか関心を持ってもらう仕掛けをつくること。たとえば若者から絶大な支持を受ける人気モデルが、SNSでボランティア活動について発信することによって、災害支援の輪が広がるといったことも起こる時代です。いつの間にか、みんながその人の行動に引きずられていくのは、とても効果のあることですが、得てして意図的にやろうとするとうまくはいきません。私自身の実践でも、なかなか思ったとおりにならず、徐々にそういう認識を広めていくしかないと感じています。 トランジションに取り組む人たちの意識は「変えたいから変える」ではなく、「変えなければ立ちゆかなくなるから変える」という切実なものです。古くから続く「自然は大事なものだから守りましょう」ではなく、ヨーロッパで見られる近年の環境保護運動は、「このままでは我々が死んでしまうからやるのだ」という意識を持って動いています。彼らの活動だけで社会が変わるわけではありませんが、切実な気持ちをもって動く姿や言動が人々の心を打ち、意識を変える触媒になる可能性はあるでしょう。 一般の人がマクロレベルの問題に関心を示し、解決のために行動できる時間やエネルギーは限られています。貴重な余暇の時間を楽しみたい人たちに、これらの問題について考えましょうと言っても、どんどん心が離れていきかねません。しかし環境問題も少子高齢化も、子どもや孫の世代には間違いなく直面する非常に深刻な問題です。個人レベルでも、トランジションを常に意識し、目前だけでなく数十年後、マクロレベルの世界を見据えて行動してほしいと願います。
松浦 正浩(明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 教授)