「心臓を撃ち抜いても40メートル走る」 恐るべきヒグマの生態、狩猟同行取材では緊迫の瞬間も
そろそろ撤収というタイミングで、突然近くの茂みから物音が…
銃の仕組みやクマの生態についての説明を受けながら、狩猟者以外の立ち入り自粛を要請する看板と施錠されたゲートで封鎖された林道を中心に歩みを進める。時折オスジカの鳴き声が遠くから聞こえるものの、ヒグマの気配は薄いという。 「あそこにコクワ(サルナシ)の実がなっていますね。クマの好物ですが、あれだけ低い位置に残っているということは、今年はやはりドングリが豊作なんでしょう。クマは雑食と言われますが、解体してみると消化器系は肉食動物としての傾向が色濃く残っています。炭水化物や脂質の豊富なドングリやハイマツの実は例外ですが、それ以外の大半の植物では効率よくエネルギーを摂取することができない。手に入るなら、肉や魚に対してものすごく執着する性質を持っています」 ふいに石名坂氏が足を止める。「あ、あれはクマですね」。指さす方を見ると、トドマツの大木にギザギザとした跡が残っている。ヒグマの爪痕だという。 「大半の針葉樹はクマにとって餌のなる木ではないのですが、ヤマブドウやコクワの蔓が巻き付いている木には、このような爪痕が残っていることが時々あります。また『背こすり木』といって、エゾマツやトドマツの樹液の匂いに興奮作用があるのか、爪でひっかいたり背中をこすって、マーキングしたり仲間同士でのコミュニケーションをとったりしているようです。ちなみに、これはだいぶ古い爪痕ですね。少なくとも今年つけられたものではなさそうです」 人に対する警戒心が薄いヒグマの個体は日中に活動することが多いというが、シカの場合は早朝と日没直後に活動のピークがあるという。日中の猟となったこの日はシカとの遭遇機会にもあまり恵まれず、帰京の飛行機の時間も迫りそろそろ撤収というタイミング。突然近くの茂みから物音がし、にわかに緊張が走る。 「……シカですね。4~5頭いる。せっかくの機会なので後を追ってみましょう。事前に合図をしてから撃つようにしますが、かなり銃声が大きく、至近距離で聞くと難聴になってしまうこともあるので、両手で耳を覆うように。この先は絶対に私の前には出ないでください」 ささやぶの中に足を踏み入れ、足を取られながら必死に銃を背負った後ろ姿についていく。見通しのよいところで前方の石名坂さんが足を止める。 「ダメですね。そんなに遠くまで逃げて行った感じはしなかったんですが」 結局往復10キロ、約4時間の山歩きで発砲まで至ることはなかった。同行取材としては空振りという結果に終わり、残念な反面、ヒグマと遭遇したときのことを考えるとホッとした部分もあった。 撤収時にしきりに注意を促されたのが、皮膚や衣服についたマダニの目視確認の重要性だ。西日本ではSFTS(重症熱性血小板減少症候群)や日本紅斑熱、北海道ではライム病やダニ媒介脳炎のウイルスなどを運ぶマダニは、クマ以上に身近なリスクの1つ。成ダニは2~3ミリ、幼ダニは1ミリ程度だが、注意深く探せば肉眼でも見つけることができる。屋外活動後の入浴時には、マダニがついていないかを確認し、もし皮膚に食いついているダニを見つけたり、野外に出た数日後に発熱した場合は、すぐに医療機関を受診することが肝心だという。 「もし自分でマダニを取ってしまった場合には、食いついたダニがどの病原体を持っていたのかを調べてもらうため、ジップロックなどに入れて冷凍し、医療機関受診時に持参することを勧めます。人身被害が分かりやすいのでクマばかりが話題になりますが、実はクマよりも恐ろしいのがシカによるマダニの増加。市街地周辺を歩き回るシカの耳にマダニがびっしりとついているのを、何度も見たことがあります。 シカやイノシシは全国各地で増え続けていて、それによってマダニが媒介する感染症のリスクが高いエリアも拡大してきている。静岡でもSFTSの患者が複数出ていますし、千葉でも患者発生の報告がある。神奈川や東京だってもう危ない。マダニや感染症対策の観点からも、クマに限らず、野生動物全般の市街地侵入対策を講じていく必要があると感じています」 野生動物による人の生活圏への侵攻は、目に見えにくい形でも広がっている。
佐藤佑輔